メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ共和国は地域の平和の要

上記の駄文でお伝えしたように、かつては反イスラム的と思われていた共産主義者のドウ・ペリンチェク氏も今はイスラムを否定していない。それと共に、オスマン帝国の歴史も肯定的に語るようになったのではないかと思う。

ペリンチェク氏に限らず、多くの左派的な人たちがオスマン帝国の栄光を語り始めたため、「トルコ共和国オスマン帝国へ回帰するのではないか?」と危惧する向きもあるようだけれど、どうだろう?

トルコ共和国は、オスマン帝国を倒して樹立されたので、その正統性を得るために当初はオスマン帝国を否定しなければならなかった。オスマン帝国が統治原理としていたイスラムに対しても、政教分離が特に強調されたりした。

しかし、来年に100周年を迎える共和国は、既に揺るぎない正統性を確立している。政教分離も同様である。そのため、殊更オスマン帝国イスラムを否定的に語る必要がなくなったのではないだろうか?

100周年の来年には、大統領選挙も行われるが、以前のような「イスラム主義と政教分離主義の対決」といった構図は全く見られない。出馬が表明されている現エルドアン大統領を未だにイスラム主義者であると考えている人たちは、もう余りいないと思う。

おそらく、選挙の争点は「経済の低迷」であるとか「難民の問題」になる。

エルドアン支持派は、これに対して「反エルドアンの野党候補は米国の傀儡である」と主張して、争点の転換を図ろうとしている。それは、米国のバイデン大統領が就任する前の選挙戦中に「クーデターで倒せなかったエルドアンを選挙で倒すためにトルコの野党を支援する」と発言したことに起因していて、全く根拠の無い主張というわけではない。

野党連合の統一候補として出馬が有力視されている最大野党CHPのクルチダルオール党首は、前党首のバイカル氏がセックススキャンダルを仕掛けられて退任に追い込まれた後、党首の座に就いたが、それまでの経歴には余り目立ったところもなく、突然の急浮上は確かに不可解だった。そのため、セックススキャンダルそのものが米国の庇護下にあるギュレン教団の仕業だったのではないかという陰謀論も取り沙汰されている。

一方、クルチダルオール党首が異端のアレヴィー派であることを「非常に不利」と見做す意見も多く聞かれるけれど、少なくとも若い世代がこういった「イスラムの宗派対立」に影響されるとは思えない。

トルコ共和国は産業化と都市化の過程で、宗派対立を含むイスラムの問題を既に解決していると考えられるからだ。

そもそも、トルコにそれほど深刻なイスラムの問題があったのだろうか? 

これもクルド問題と同様、欧米から持ち込まれた議論だったのかもしれない。ドウ・ペリンチェク氏のような人たちなら、「トルコにはイスラムの問題もクルドの問題も無い! あるのは米国という問題だけだ」とでも言いそうな気がする。

いずれにせよ、来年の大統領選挙も予測の難しい拮抗した闘いになると思われるが、軍を始めとする国家の機構がエルドアン支持で結束を固めているのは明らかじゃないだろうか?

エルドアン氏のAKPが第一党に躍り出た2002年の選挙とは、この点で大きく異なっている。2002年には、AKPが反体制であるかように言われていたけれど、今や当時の体制派である野党CHPが「反国家、米国の傀儡」などと喧伝されているのである。

しかし、バイデン大統領は、米国の言うことを聞かなくなったエルドアンを倒したいと思ったに違いないが、仮にCHPのクルチダルオール党首が大統領になったとしても、トルコは米国の言いなりにならないだろう。

大統領が誰であるかに拘わらず、国家としてそれを許さないのではないか? この場合、米国の交渉相手は、大統領ではなく、その背後にいる軍になってしまうかもしれない。

トルコ軍は超エリート集団であり、教養も高く決して粗野ではないが、強い愛国の精神により、妥協や譲歩は受け入れそうにもない。エルドアン大統領は、遥かに柔軟な交渉相手と言えるような気もする。おそらく、現在は米国もそれに気が付いているはずだ。

そして、トルコ共和国そのものが、バルカン半島からユーラシアにかけての地域で平和を維持するためには欠かせない交渉相手であることに理解が得られたならば、中東にも本当の春が訪れるだろう。

アタテュルクの「国内に平和、世界に平和」は、トルコ共和国の外交姿勢を明らかにした言葉であると思う。

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