メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

Raks/バハイ教

「raks(ラックス)」というアラビア語起源のトルコ語は、辞書を引くと「踊る・ダンスする」となっているが、今では殆ど使われていないようだ。代わりに「dans(dance)」という外来語が幅を利かせている。

ひと昔前なら、この単語を聞いて、2007年まで存在した「Raks」というトルコの企業、あるいは、その主力製品だったカセットテープを思い浮かべるトルコの人も多かったのではないかと思う。

1964年に創業したRaksは、カセットテープやビデオテープの製造販売を手掛けて、90年代には、その分野で世界第2位の規模を誇る企業に発展したものの、CDの登場でテープの需要がほぼ無くなると、2000年以降、急速に業績を悪化させ、2007年に敢え無く倒産してしまった。

1999年だったか、私はマニサ県にあったRaksの工場を見学する機会に恵まれた。当時、既に業績は悪化し始めていたはずだが、テープの原料から一貫生産している工場の規模の大きさに驚かされた。

これに先立つ1998年の2月か3月、大阪に住んでいた私は、船場の辺りにあったRaksの日本代理店を訪れたことがある。扱っていたのはテープじゃなくて、その他にRaksが生産していた電気製品だったと記憶しているけれど、それ以上に、経営者の方たちがイラン人の家族であったことに興味を引かれた。

当時、経営に当たっていたのは、日本生まれという40代ぐらいのイラン人であり、彼はケンブリッジ大学を卒業して博士号を持っていた。オフィスには彼の父親も見えていたが、この方はイランからトルコで暫く滞在した後に日本へ渡って来たそうで、私と少しトルコ語で会話してくれた。

何故、トルコに滞在していたのかと言えば、彼らはバハイという宗教の信者であったため、イランで迫害を受け、トルコに逃れていたというのである。

私が1991年にイズミルトルコ語学校で学んでいた時も、同じ教室に、やはりイランから逃れて来たというバハイ教の夫婦がいた。

バハイ教については、以下のウイキペディアの記事を参照してもらいたい。

バハイ教は19世紀にイランで創始されたが、現在の本拠地はイスラエルのハイファにあり、最も信者が多いのは米国であるという。

そのため、非宗教的なイラン人の中にも、「欧米の手先」と言って彼らに否定的な見方をする人は少なくないようである。

最近は、トルコでバハイ教フェトフッラー・ギュレン教団の関係性も取り沙汰されているらしい。

そのRaks代理店の方たちから、私は3月の春分日に催されるバハイ教のパーティーに招待された。春分はイランの正月に当たるのである。パーティーは、当時、日本でバハイ教の有力者であったと思われるイラン人の芦屋奥池の豪邸で催された。

私は、大阪で知り合ったイラン人の友人を誘って出かけたけれど、イスラム教徒の友人は「イランの正月は、皆、酒を飲んで祝います」と言い、お土産に酒を買って行かなければならないと主張した。しかし、私はその時点で、ある程度バハイ教に関する知見もあったため、友人の主張を退け、お菓子の詰め合わせを土産として持参したのである。

イラン人の豪邸は、コンビニも電話ボックスも無ければ、バスの便も殆どないことで知られた高級住宅地「奥池」の中でも一際目立つ立派な造りで、大きな庭から神戸の海を一望することができた。

3世代にわたる家族がそこで暮らしているようだったが、日本でどういう仕事をされているのかは解らなかった。皆さん、トルコには頻繁に出かけているらしく、若い世代の方も簡単なトルコ語を披露して私を歓迎してくれた。

パーティーは、日本人の信者も交えて、厳かな宗教的な雰囲気の中で進められた。もちろん、酒を飲むなんて考えられないことだった。友人は「こんな真面目に宗教やっているイラン人がいるとは思わなかった」と驚いていた。

ところで、Raks代理店の方たちは、どういう経緯でRaksの代理店を引き受けることになったのだろう? ひょっとすると、Raks創業者のトルコ人アスラン・オネル氏もバハイ教の信者だったのではないかと想像してみたけれど、これに関する確証は何処からも得られなかった。

*Raksの倒産と工場の売却について伝えるトルコの記事

*2020年の4月、六甲山の中腹から眺めた景色。おそらく、あの辺りが奥池ではないかと思う。

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