メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

同性愛~同性婚の問題

この「似非進歩主義~同性愛の認識」で、同性愛とは「受け」の方だけだと思っていて、「入れるのは、女のアソコだろうと、男のケツだろうと、羊やロバの穴だろうと、変わりないじゃないか!」と言い放ったトルコ人の男を散々こき下ろしたけれど、実のところ、日本の同性愛の認識にも似たようなところはあるかもしれない。例えば、「おカマ」という表現は「受け」の方に限られているのではないだろうか。

イスタンブールに居た頃、映画やテレビ番組にエキストラを配給するエージェントに登録していた。そのエージェントが扱っていたのは、東洋人・黒人・おカマといった特徴のあるエキストラばかりである。

ある日、エージェントのオフィスで撮影の順番を待っていたら、玄関のベルがなったので、私がドアを開けたところ、ちょっと可愛らしい若い女性が立っている。思わず微笑んで挨拶すると、彼女もニコッと微笑んだが何も言わずに押し黙っている。そのまま入ってもらってオフィスに案内したら、「彼女」はそこで初めて口を開いたが、なんと驚いたことに、それは野太い男の声だった。

私は一瞬でも欲情したことに恥じ入ってしまったけれど、もしも、無人島に2人で流されたら、あの似非進歩主義者のように「入れるのは・・・」なんていうことになってしまうかもしれない。攻撃されるのは絶対に嫌だが、攻撃する方には「絶対」と言えるほどの嫌悪感はないのである。男の欲情というのは恐ろしい。

しかし、20年ほど前、大阪のスーパー銭湯で見た光景には、ぶったまげてしまった。脱衣場奥のトイレの前で、若い男女ならぬ「男男」がいちゃついていたのである。お互いに勃起したイチモツをまさぐり合っている光景は実におぞましかった。

数年後、この話を多少揶揄するように書いて内輪のSNSにシェアしたら、「同性愛者を差別するのか」と非難されてまた驚いた。確かに、揶揄するように書いたのは非難されても仕方ないが、公衆の面前でそういった行為に及ぶのであれば、「男女」であっても問題だろう。場合によっては猥褻罪で逮捕されてもおかしくない。何だか、「差別」といった問題に多少過敏に成り過ぎているのではないかと思った。

私は、同性愛者の友人もいないので、その悩みに深く耳を傾けたこともない。だから、今騒がれている同性婚の問題も私には良く解らないが、気になるのは、この問題にも革新に保守といったイデオロギーが入り込んでいるように思えるところだ。

革新の人たちは、とにかくあらゆる伝統的な制度を改めようとするし、保守の人たちは何とかそこへ一線を引こうとする。そのため、議論がかみ合わない所もあるような気がする。

同性愛者の人たちにもイデオロギーの相違は見られる。トルコで初めて性転換を果たした歌手のビュレント・エルソイ氏は、保守的なエルドアン大統領を強く支持している。

エルソイ氏は法律上「女性」と認められているので結婚もしているが、同性婚などに対しては余り積極的な発言もないようである。その所為か、同性愛者の人たちから「我々の問題に関わろうとしない」と批判されたりしている。

日本の状況もトルコと同様、手術によって性転換しなければ、性別の変更は認められず、同性のままでは結婚できないという。

しかし、同性愛者でも非常に保守的だった三島由紀夫ならば、同性婚には反対したのではないだろうか?

例えば、同性愛者のカップルが人工授精してまで子供を作り、家族を成そうとするのは自然の摂理に反しているだろう。同性婚がそこへ至るのであれば、私も反対だ。

結婚とは異なる何か新しい規定で、その共同生活に法的な保障が得られるようになれば良いかもしれない。

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