メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国の社会の分断と対立?

韓国に語学留学していた1988年頃だったと思う。

左翼の運動家である韓国の女子大生が身分証明書を偽造したうえ、労働者として工場に入り込み、組合活動を企図して、公文書偽造の罪により逮捕された。

その後、数ヶ月だか1年だかの懲役に服していた女子大生が、警察署での取調べ中に担当刑事から強姦されていた事実を明らかにしたため、それは未曾有のスキャンダルとなってしまう。

当初、マスコミは女子大生の名前を公表せず、権某嬢として報道していたものの、担当刑事が告訴されて裁判が始まると、その強姦事件の経緯を生々しく詳細に伝え始める。新聞の紙面には、「・・・刑事は、自分の◯◯を、権某嬢の◯◯へ押し込み・・」といった赤裸々な記述まで現れ、私は毎日興奮しながら、事件を伝える新聞の記事を読んでいた。

権某嬢が警察権力に敢然と立ち向かい、臆することなく真実を明らかにしようとする姿勢はマスコミから絶賛され、権某嬢はさながらジャンヌ・ダルクのようなヒロインになって行く。日本で安保闘争の時に殺害されてしまった樺美智子さんに対する称賛もあのような感じだったのだろうか。

しかし、権某嬢は殺されることもなく、公文書偽造による刑期が満了して出所すると、記者会見を開いて堂々とマスコミの前にその姿を見せたのである。

その記者会見の模様を新聞で読んで、まず驚いたのは、権某嬢の父親が同席していたことだ。父親は大企業のオーナーで、かなりの資産家であるという。そんな父親と並んで、権某嬢が語ったという言葉も、なかなか唖然とする内容だった。

「・・お父さんは狩猟が趣味で、昔から良く雉を撃ってきたりしたんですが、今回もそこまでしてくれなくて良いと言うのに、わざわざ私の為に雉を撃ってきてくれました」といった内容の話を笑顔で語ったそうである。

階級闘争は何処へ行ってしまったのだろう? 工場で搾取されている労働者たちはどうなってしまうのだろう? 私がそれまで懐いてきたジャンヌ・ダルクのようなヒロインに対する気持ちは跡形もなく消え失せていた。記者会見は、「娘も疲れているからこれぐらいで勘弁して下さい」という父親の一言で和やかな雰囲気のまま幕を閉じたという。

韓国は激しい思想対立で話題になるけれど、それによって社会が分断され、対立した人々が争っているわけじゃないだろう。上述したように、対立が家族の中へ持ち込まれることはなかった。今でもないと思う。