メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

今の日本に武士はいるのか?

昨年読んだ「翔ぶが如く」に描かれていた維新の英雄たち、私が特に魅力を感じたのは伊藤博文だった。

実のところ、作中、伊藤博文はそれほど魅力的に描かれていないけれど、なにより非常に現実的なやり方が好ましく思えた。

大久保利通にも同様の魅力を感じたものの、少し英雄的に描かれ過ぎていたようだ。小説としては、現実的な面ばかり強調したら、成り立たなくなってしまうのかもしれない。

それでも、明治7年の台湾出兵の後始末に北京へ乗り込み、李鴻章と交渉する辺りの描写は、実際の資料を元にして余り小説的な装飾を施しているようでもないのに、なかなか迫力があった。

そういう記述はなかったと思うが、大久保利通はその僅か数年前まで大小二本差した武士であり、剣術の心得もあったはずだから、いざとなれば差し違えて死ぬぐらいの覚悟で交渉に臨んでいたのではないか?

交渉相手の李鴻章は、軍隊を創設したことも知られているが、やはり進士に合格した文人だったので、筆より重たいものは持たなかった人であるような気もする。

いずれにせよ、大久保利通の気迫に押され、有利な条件が揃っていたにも拘わらず、一方的に譲歩してしまったらしい。

それは、文明国として東洋に君臨してきた中国が、野蛮な夷狄に過ぎなかった新興の日本に敗れ去ってしまう歴史の序章を告げていたと思う。

日本の武士道も英国の騎士道も、如何に美化したところで、野蛮な暴力を基本にしているのは否定できないだろう。

私たちは、時間に厳しかったり、細かいルールを守ったり、衛生的であったりすることが文明の証であると思っているけれど、その多くは軍事的な社会の中で育まれてきたようである。

学校で、教室やトイレの掃除を教育の一環としてやらせているのも何だか軍隊生活に由来しているように思われてならない。

軍事教練として行われてきた日本の武芸はもちろん、西洋のスポーツにも軍事的な雰囲気が漂っている。

しかし、だからこそ、大久保利通を始めとする維新の武士たちは、規律を守り、死のリスクも恐れない勇気を持っていたに違いない。

一方の中国は、長い文明の歴史を誇っていたものの、文弱に流れて規律も失い、リスクを恐れて何事にも腰が引けている状態だったのではないだろうか?

個々の人間を見ても、リスクを恐れてチャレンジする気持ちが無くなったら成功は覚束ない。社会や国に枠を広げて見てもこれは変わらないと思う。

そのため、中国は没落し、西欧や日本が台頭する時代を迎えた。

ところが、昨今のコロナ騒ぎを通して、歴史はまた逆転しつつあるように見える。

没落した中国は、代償を支払い続けてようやく復活した。今や何も恐れる必要がない。それに引き換え、日本と西欧は僅かな代償の支払いさえ拒む状態に陥っているかのようだ。

特に日本の私たちは、戦後、様々なリスクを米国が肩代わりしてくれたお陰で、それに見合った代償を支払わないまま平和と繁栄を謳歌してきたため、何事もゼロリスクで切り抜けようとする。

これでは、将来、没落どころか「滅亡」という大きな代償を支払わなければならなくなってしまいそうだ。

もちろん、日本でも個々の人たちを見れば、リスクを恐れずに闘う勇者はたくさんいる。私のような腑抜けばかりじゃない。

あまりにも陳腐な言い方で申し訳ないが、私は活躍しているアスリートたちを見ると、やはり彼らこそが現代に生きる武士ではないかと思ったりする。

多少の無理はしてでもオリンピックは開催すべきじゃないだろうか。

最後に、2008年12月、トルコのラディカル紙で、ヌライ・メルト氏が犠牲祭について書いた記事の拙訳の一部を以下に貼り付けることにする。現代の日本で、実に多くのことを考えさせてくれる記事ではないかと思う。

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モダンな文明と言われるものは、ある側面、こういった偽善的な状態のことではないだろうか? 肉、それも生肉に近いような肉の料理(ローストビーフ、燻製肉、タルタルステーキ)を食べながら、一つの命が失われたことは全く考えないように努める。問題はここに始まって、人間の死に対する態度にまで至る。モダンな人間として、死を頭の片隅から遠ざける為に、あらゆる方法を駆使する。もっと悪いことには、人の命を奪う戦争について正しく追究する代わりに、“戦争反対”と言って自分自身を慰めようとする。

死をもっと真摯に考えていれば、こういう風にはならなかっただろう。戦争は、数人の狂った、或いは悪質な政治家の所業であるという虚構に逃げ込もうとしなければ、自分自身の責任にもっと気がついただろう。ある人々(我々も含む)が、より快適な生活を営む為の代償を、他の人々が貧困と挙句の果てには命によって支払っている連鎖の中にいることを考えなければ、我々を悩ませている状況は変わらないだろう。

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