メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「ゴキブリにしては大きい?」

《2009年12月11日付け記事を修正して再録》

1980~3年にかけて飯田橋の近く(文京水道)でアパートを借りて住んでいた頃の話である。

アパートは路地裏の古い木造二階建てで、私の部屋は一階の玄関を入った直ぐのところだった。その古い建物は、泥棒も遠慮したくなるような雰囲気を漂わせていたため、私は外出中も就寝中も部屋に鍵をかけたことはなかった。

間取りは結構広く、入口の脇に小さな台所と便所、それに二畳間と六畳間が続いていた。鍵はかけていないから、出入り自由になっていて、私が六畳間のベッドで、朝、目を覚ますと、部屋の隅に高校同期の友人が寝ていたりした。

終電を逃して転がり込んだものの、寝ている私を起こすのは悪いと思い、静かにそのまま寝たんだそうである。

一度、夜中入って来た友人に叩き起こされた時は、肝を潰した。

私は寝惚けながら「ひょええー」とか悲鳴をあげたらしく、友人は後々まで面白がっていたけれど、バイクで乗りつけ、ヘルメットも外さないまま馬乗りになって揺すり起こそうとしたのだから、その下で目を覚ませば、大概の人間は肝を潰すと思う。

さて、ある晩、六畳間のベッドで寝ていた私がふと目を覚まし、暗がりの中をぼんやり二畳間の方に目をやったら、そこを何かがすっと横切った。『ゴキブリかな?』と思ったものの、ゴキブリにしては少々大きすぎたようだ。

その晩は直ぐにまた寝入ってしまい、数日の間は何事もなく過ぎたが、なんとなく部屋に異臭が漂い始めたように感じていた。

そして、何日か経ち、夕方、暗くなってから帰宅した時のことである。

六畳間に入って電気を点けたら、部屋の中ほどを横切るもの、隅を走り去るもの、二つの物体が見えたけれど、それは大きなゴキブリじゃなくて紛れも無い「ネズミ」だった。

ネズミも驚いたかもしれないが、私はまた肝を潰して「ひょええー」とか叫びながらネズミを追っかけ回すと、一匹は台所のガス菅の陰に身を潜ませたまま動かなくなり、私は入口にあった傘に手を伸ばし、それでネズミが逃げないように牽制しながら『このネズミ、どうやって始末してくれようか』と考えた。

まず、「傘で突き刺す」という策が頭に浮かんだものの、成功確率は低そうだし、成功した場合は「ネズミの出血」という事態を避けられない。

たちまち、「ネズミの出血~ペスト菌」という連想が弱い頭を駆け巡り『いかん、いかん、そんな恐ろしいことはできない』と諦め、それから、血を流さぬよう「絞殺」「撲殺」と色々考えたが、『絞殺? どうやって絞めるんだ?』『撲殺? 何処を何で叩くんだ?』といずれもボツ。

そして、考えながら、ふとガス台に目をやった時に思いついた。『そうだ! ゆ、湯攻めだ!』。

というわけで、思いついたら直ぐ実行。鍋に水を張ってガス台に火を点け、その間もネズミが逃げないように傘で牽制、これに神経を集中させていた所為か、気がつくと、鍋ではもうグラグラ湯が煮立っている。

よしとばかり、その鍋の湯を一気にネズミの上へぶちまけまけたところ、ネズミはそれでくたばるどころか、もの凄い勢いで走り出し、六畳間の方へ突進、部屋の中ほどを猛スピードでグルグル回り、その様子は「ネズミ花火」そのものだった。

でも、「ネズミ花火」が直ぐに消えてしまうのと同じように、ネズミはほどなく回転を止めピューッと台所の方へ走って、また同じガス菅の陰に身を寄せると、そこでじっと動かなくなったものの、尻尾は動いているのが見えるから、そう簡単にくたばってしまうとは思えない。

これでは、ネズミとはいえ余りにも不憫である。『なんとか早く成仏させてやらなければ』と無い知恵を絞りつつ、再びガス台に目をやったら、恐ろしい考えが閃いてしまった。『湯で駄目なら? そ、そうだ油攻めしかない!』。

これも躊躇うことなく直ぐ実行に移し、フライパンにサラダ油を注いでガス台に火をつけて待ち、フライパンから薄っすら煙が立ち始めたのを確認すると、これを一気にネズミの上へぶちまけてやった。

今度は一瞬で終わった。ジュッという音と共に、ネズミは少し小さくなったような感じで固まってしまい、無事に成仏してくれた。南無阿弥陀仏、合掌!

こうして一匹退治すると、近くの雑貨屋へ行き「粘着性ネズミ捕り」というゴキブリホイホイの親分みたいな奴を二つ購入、翌朝、入口と台所に仕掛けて出勤し、夕方戻って来たら、なんと双方に5匹ぐらいずつ掛かっていたので、またまた肝が潰れそうだった。

部屋の隅々を点検してみたところ、便所の角に穴が空いていて、どうやら、こちらも出入り自由になっていたようだ。直ぐにセメントで穴を塞ぎ、以来、少なくとも、ここからの闖入者で肝を潰すことはなくなった。