メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

飛田新地(性風俗業の問題)

《2016年2月24日の記事の再録》

2003年だったと思う。友人は「あいりん地区」に続いて、隣接する「飛田新地」へ私たちを連れて行った。ここは「現代に残る遊郭」、つまり売春宿が並ぶ街である。
一行の中には女性もいたから、もちろん足早に通り過ぎただけだが、まだ明るい時間帯にも拘わらず、各店の玄関先には娼妓さんたちが座っていた。
私は若い頃、東京の吉原に良く出かけていたけれど、当時は何処もソープランド(1984年以前はトルコ風呂)になっていて、娼妓さんが玄関先に座っている遊郭的な店は、既に残っていなかった。
そのため、「現代に残る遊郭」にも、私は少なからず衝撃を覚えた。
ソープランドで客は必ず「待合室」に通される。実はあそこでホステスさんに客の顔を確認させているらしい。知り合い等だったら困るからだ。しかし、玄関先に座らされている娼妓さんたちにそのチャンスはないだろう。
また、「飛田新地」は、吉原のソープランドより遥かに低料金で、働く女性には不利なことばかりであるように思われた。
東京でも、池袋の「トルコ風呂」(ソープに改名後は行ったことがない)は、かなり低料金だったけれど、何故安い店で働くのかホステスさんに訊いたら、次のような回答だった。
「吉原は、アレが目的で来るお客さんばかりでしょ。でも、この辺だと、飲んだ後に寄ったりして、結局、何もしていかない客の方が多いくらいなの。それで体力的にもきつくなくて、出勤日も多く取れるから、月収では吉原とそれほど変わらない。体力に自信のある娘だけが、吉原で稼ぐのよ・・」
これなら、男のトラック運転手と余り変わらないような気がした。いずれも体力勝負である。
しかし、「飛田新地」の場合は、条件が吉原と同じで、料金は池袋以下なのだから堪ったものではない。

大阪の橋下元市長は、この「飛田新地」で弁護士を務めていたらしい。でも、慰安婦問題に纏わるあの軽率な発言を見たら、やはり中で遊んで行ったことはなさそうに思える。
いつ何処で読んだのか忘れたが、本田宗一郎松下幸之助の売春禁止法をめぐる対談の一部が記憶に残っている。
売春を必要悪とする松下幸之助に対して、本田宗一郎は、以下のように答えていたと思う。
「あんたは遊んだことがないからそんなことが言える。俺はたくさん遊んできたが、あの仕事に心底喜びを感じている女性を見たことがなかった。だから売春には反対する」
私もたくさん遊んできたため、公に発言するとしたら、後ろめたさから慎重になり、「売春は必要悪」とは言わないだろうけれど、本田宗一郎のような哲学を持っているわけじゃない。相手のことまでは考えていなかった。
しかし、我が身のことだけ考えながら、30年近く経って振り返ってみても、あれはそれほど美しい思い出として蘇って来ない。それなら、やはり廃止すべきではないのか。でも、私はあそこで救われたのである。あの「とても救われた」という気持ちは今でも消えていない。
なにしろ私にとっては、最も多感な二十代における女性との唯一の深い思い出だろう。こういう問題には、これ以上立ち入らない方が良いかもしれない。