メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの10年前と現在

この10年のトルコの変化を振り返って見ると、与党AKPと野党CHPの立ち位置が逆転してしまったかのようである。
10年前、CHPは野党ではあるものの、アタテュルクの政党として共和国体制の守護者をもって任じており、EU加盟を目標に掲げながらクルド問題でも譲歩の姿勢を見せていた与党AKPを厳しく非難していた。
クルド勢力への譲歩は国土の分割に繋がる」と警笛を鳴らしていたけれど、これは今思えば、全くの杞憂ではなかったかもしれない。クルド系左派政党(現在のHDP)は「クルド語による教育」といった文化的な要求を掲げつつ、密かに分離独立を画策していたと思われるからだ。

当時、AKPを支持するクルド人の友人も、クルド系左派政党は以前から分離独立主義であり何も変わっていないとして、エルドアン首相らの融和的な姿勢を「騙されている」と言って批判していた。イスタンブールで事業を展開している友人の親族らにしてみれば、分離独立が達成された場合、彼らは故郷である南東部のワン県から切り離されてしまうことになる。「国土の不可分の統一」を願う気持ちには、北西部のトルコ人たちよりも切実なものがあるだろう。
オスマン帝国の末期に、逸早く「トルコ民族主義」による団結を提唱したのが、他でもない南東部ディヤルバクル出身のクルド人であるズィヤ・ギョカルプだったのは、これに通じるところがあるかもしれない。
現在、エルドアン大統領のAKP政権は、クルド語やクルドの文化に配慮しながらも、国是である「国土の不可分の統一」を守り抜こうとしている。ワン県出身のクルド人の友人らも安堵したに違いない。

しかし、10年前はあれほど「『国土の不可分の統一』を守れ!」と主張していたCHPが、現在は事もあろうにクルド系左派政党のHDPと協力関係を保っているのである。
これは「とにかくエルドアンが嫌だ!」という生理的な要求に基づいているらしいけれど、中には、本当にHDPによるクルド地域の分離独立を望んでいる人たちがいるかもしれない。10年前の活況を懐かしんで、大人しく欧米に従っていた方が良いと思い始めた人がいても不思議ではない。
そもそも「とにかくエルドアンが嫌だ」という心情は、エルドアン大統領と言うより、その支持者である「田舎風なトルコ人」にステータスを奪われそうになった苛立ちに起因しているような気もする。それなら、トルコが分割されて、自分たちだけでもEUに入った方がましだと思っている人たちもいるだろうか?

ところで、もう一方の国是である「政教分離」に関わる「ギュレン教団との関係」も何だか良く解らない。2016年7月のクーデター事件では、「クーデターを企図したのはギュレン教団系ではないか?」と察しながら、クーデターの失敗を残念に思って、朝からやけ酒を飲んでいたCHP支持者もいたと思われるからだ。
ギュレン教団は、「穏健なイスラムを世界に広める」と主張して欧米の支持を取り付けたようだけれど、トルコの基準からすればギュレン教団が特に「穏健」なわけでもなかった。トルコのイスラムは、概して「穏健」でモダンである。

例えば、同性愛に関する認識では、それを絶対に認めないと言うマレーシアのマハティール首相などより、エルドアン大統領の方が遥かにモダンだろう。

産業化を果たし、21世紀の国際社会に生きるイスラムを模索している現代のトルコで、ギュレン教団は既にそれほどモダンな存在でもなかった。それよりも、ギュレン師の教えには無条件に従ってしまうカルト的な体質を懸念すべきではなかったかと思う。