メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アメリカはクーデターに関与していたのか?

(7月29日)
まだ7月29日だけれど、この“通信”の日付では、もう8月になってしまった。
6月28日の“アタテュルク空港爆破テロ”、そして7月15日の“クーデター”と、トルコは激動の日々を過ごし、私は性懲りもなく、毎日せっせと駄文を書き連ねている。
文章書くのは老化の防止になるそうだから、暇があれば、せいぜい励むべきかもしれないが、どうせならもっと地べた目線の和やかな話を書きたかった。
幸い、私の身近では、誰かが被害にあったという話を聞いていない。
7月15日の夜11時過ぎ、イエニドアンの家電修理屋さんは「クーデター発生」が報道されるや、直ぐに車で市内に向かい、クーデター阻止の行動に加わったそうだ。
私がぐっすり寝ている間に、彼らは勇敢に戦っていたのである。
「俺たちも兵役で軍事訓練を受けているからね。戦い方は知っているんだ」と笑っていたけれど、新聞にも、一般の市民が兵役の経験を活かして、置き去りにされた戦車を安全な場所まで運転して片づけた“美談”が紹介されていた。
銃撃戦があったハルビエやタクシムの辺りに住んでいる人たちは、緊迫した一晩を過ごしたことだろう。
ルムのスザンナさんは、タクシムにいて大変な目にあったと電話の向こうで興奮していた。
「危うく、“シェヒット”になるところだったわよ」なんて話していたが、“シェヒット”は、アラビア語の「シャヒード」で、イスラムの「殉死・殉教」という意味だから、ギリシャ正教徒のスザンナさんが使うと何だか妙な気もする。
「犠牲者」ぐらいの意味で使ったのかもしれないが、「クーデターはアメリカの仕業に違いない」と主張したりして、あれほどの国難が迫れば、ルムの彼女も「トルコ国民」としての一体感を共有してしまうのだろうか?
*ルム:
≪ルムとは「ローマ人」のことであり、トルコに住んでいるギリシャ人は、自分たちを、ギリシャ共和国ギリシャ人(ユナンル)と区別して、必ず「ルム」と称している。千年の都コンスタンティノポリで暮らすルムの人たちにとって、ユナンル(ギリシャ人)というのは少し田舎者のように聞こえるらしい。≫
トルコでは、「アメリカの関与説」を裏付けるという様々なネタがメディアを賑わしていて、その全てが事実無根とは言い難いような雰囲気である。
なにより、1999年以来、フェトフッラー・ギュレン師はアメリカのペンシルバニア州に居住しており、ここが教団本部の役割を果たしてきた事実は否定できない。
もちろん、物的な証拠などは出てこないと思う。ひょっとすると、アメリカはわざと背後で絡んでいるように見せて、トルコに無言の圧力を加えているのかもしれない。
『言うこと聞かないともっと酷い目にあわせるぞ』というように・・・。これじゃあ、まるでヤクザだけれど・・・。
1960年5月のクーデターで処刑されてしまったメンデレス首相は、クーデターがなければ、7月にモスクワを訪れる予定だったそうである。
今回も、エルドアン大統領とプーチン大統領の会談は、クーデター事件前から予定されていた。
『クーデターの背後にアメリカがいるとすれば、尚更恐ろしいから、プーチンとの会談なんてキャンセルしちゃえば良いのに・・』と気の弱い私は思ってしまうが、そういうわけにも行かないのだろう。
エルドアン大統領は、予定通り、8月9日にサンクトペテルブルクへ行くらしい。
しかし、クーデター事件後の日本の報道は、背後にアメリカの影が見える所為なのか、“浸潤”しているギュレン教団の影響なのか、トルコを見下した内容で、あまりにも酷すぎる。
「死刑復活の議論」や「軍の文民統制」まで、エルドアン独裁化のプロセスであるかのように伝えられたりしている。
まったく、死刑を廃した国ならいざ知らず、日本では今年も既に何人か処刑されているはずだ。
それに、文民統制を危惧するのであれば、日本の自衛隊も“独裁者安倍”の下に置かれているのは拙いから、“統帥権の独立”なども再検討してみるべきじゃないのか?

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