メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

理科系の強さ

ここで駄文を公開し始めて12年が過ぎるけれど、アクセスは全く増えなかった。また、アクセスがあったとしても、実際に記事が読まれたかどうかは定かじゃない。
おそらく、各記事を初めから終わりまで読んでいることが確かなのは、この世に一人しかいない。
つまり“私”である。これでは“マスターベーション”と言われても仕方がない。(それにしても、なんと疲れるマスターベーションであることか!)
しかし、今日、2008年3月に拙訳したコラム記事のトルコ語原文をちょっと確認しようとして驚いた。原文のタイトルの下に、アクセス数が表示されているけれど、これが僅か“2124”なのである。
ネットの接続をリセットして、もう一度アクセスしたら、“2125”になっていたから、カウントは未だ機能しているらしい。
現在、ネットの上だけで公開されているラディカル紙は、既に各コラム記事のアクセス数を表示していないが、アクセス自体はかなり増えたはずである。
2008年当時は、未だ紙の新聞を発行していたため、ネットからアクセスしている読者は、それほど多くなかったのだろう。
それにしても“2125”では寂しい。記事を書くコラムニストのモチベーションにも影響するのではないかと心配になる。まさか、それでアクセス数表示をやめたのか? 
まあ、実際のところ、コラムニストの識者たちは、アクセス数なんて殆ど気にしていなかったと思うが・・・。 
トルコでは、紙の新聞の総発行部数も、たかだか4百万ぐらいだそうである。日本の10分の1に過ぎない。
もっとも日本の場合、宅配で部数を伸ばしているだけで、ほんの一部しか読まれないまま“包装紙”になってしまう新聞も少なくないはずだ。

近所の家電修理屋さんの人たちは、「俺たちは新聞なんて読まん! エルドアンの悪口ばかり書きやがって!」なんて怒っているけれど、エルドアンを褒め称えている政権寄りの新聞も余り読んでいないらしい。
その割には、景気の動向とか経済欄に書かれているようなことは良く知っていて、私に教えてくれたりする。
要するに、ビジネスの役にも立たなければ面白くもない「思想」やら「文芸」の記事を読まないだけで、ネットから経済欄などには目を通しているのだろう。
もちろん信仰に篤い敬虔なムスリムだから、平易な宗教講座みたいな記事は読んでいる。でも、イスラム主義思想云々といったややこしい話に、それほど興味があるわけじゃない。コーラントルコ語訳でさえ完読しているかどうかは怪しいものである。
AKPを支持しているような、大多数の保守的な人々は、まずこんな感じじゃないかと思う。家電修理屋さんなどはその中でも、かなり信仰に熱心な部類に違いない。
皆、日々ビジネスや子育てといった生産的な事業に忙しいから、イスラム主義とか政教分離主義とか新聞のコラムで争われていても、おそらく“暇人の議論”としか思っていないだろう。

そして、研究や分析に忙しいコラムニストの識者たちも、社会の全体像を見渡しながら、そうそう街角の人たちに付き合っている暇はない。
しかし、そういったコラム記事をうんうん唸りながら訳して、12年に亘って駄文を書き連ねて来た私はいったい何なのだ? 
暇な独身男のなんという非生産的な生活だったのか。本当に哀れな半生としか言いようがない。
思えば、私がトルコにやって来てから、最も生産的な環境に身を置くことが出来た期間は、クズルック村にいた3年半の日々である。
任されたトルコ語の通訳もしどろもどろで、おまけに理科系が弱いと来たら、生産現場の何の役に立っていたのか心もとないが、私はその末端にいられるだけでも楽しかった。
クズルック村の工場で、敬虔なムスリムのエンジニアだったマサルさんは、「近代化というのは、産業化して物を生産することから始まるんです」と良く語っていた。
彼は中東工科大学を卒業した理科系のエリートで、まさにその近代化の真っただ中で活躍していたのである。
明治の日本がいち早く近代化を成し遂げられたのも、長い歴史の中で培われて来た「匠の精神」が理科系エリートの育成を容易にしたからではなかっただろうか。
トルコでも、80年代に改革開放を唱えて産業化を推し進めたオザル大統領は、テクノクラート出身で理科系の人だった。
そういえば、この10年ぐらいの間、私が最も興味深くそのコラムを読み続けて来たジャーナリストのエティエン・マフチュプヤン氏は、キリスト教徒のアルメニア人という点でも異色だが、ジャーナリストとしては珍しく理科系の出身である。これが定評のある理論的な社会分析の基になっているのかもしれない。
それぞれの思想によって様々な議論が闘わされる中、社会がこれからどう変わって行くのか解らないが、形のあるものを世に送り出す理科系の人たちは、いつの時代でも強いと思う。 

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