メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ人のアジズ・サンジャル氏がノーベル化学賞を受賞!!

昨日の夕方、帰宅してパソコンを開くと、まずネットのニュース欄に目をやった。ノーベル化学賞の行方が気になっていたからだ。

日本から科学3賞の全てに受賞者が出たら素晴らしいし、韓国の人が受賞して、日中韓同時受賞となっても面白い。そんな期待があった。

しかし残念ながら、日本からも韓国からも受賞はなく、「米教授ら3氏」という見出しが躍っていたけれど、その続きを読んだら、「・・・米ノースカロライナ大チャペルヒル校のアジズ・サンシャー教授」と記されていて、『もしや・・・』と思った。

“アジズ”がイスラム教徒の名であることは、ほぼ間違いない。期待に胸を膨らませながら、画面に並んだ見出し記事をざっと眺めたところ、“Aziz Sancar”というローマ字表記が目についた。これなら、十中八九トルコ人である。

俄然、勢いづいて、“Aziz Sancar”で検索したら、トルコ人の快挙を伝えるトルコ語の記事がいくつか出てきて、私も快哉を叫びたくなった。20年以上トルコに関わってきたトルコ・フリークにとって、これは何よりも嬉しいニュースである。

それから、他の日本語の各記事を読んでみると、その多くは“サンジャル”と表記され、トルコの出身であることも明らかになっていたけれど、大半が「トルコ系米国人」という扱いだった。

二重国籍が認められているトルコで、サンジャル氏がトルコ国籍を保持している旨も伝えていた記事は何だか少なかったような気がする。

アジズ・サンジャル氏は、南東部のマルディン県出身で、子供の頃はサッカーの選手を夢見ていたそうだ。マルディンの高校に在籍中は、サッカー・クラブのゴールキーパーとして活躍し、トルコ・ナショナルチームのジュニアクラスへ声がかかるほどの腕前だったものの、背が低かったために、キーパーでやって行くのは難しいと判断して、学業の方を選んだとTVのインタビューで語っている。

その後、奨学金を得て、イスタンブール大学の医学部へ進み、主席で卒業すると、2年の間、郷里のマルディン県の保健所のような機関に勤務して、県下の過疎地域を隈なく回り、患者の治療に努めていたが、それよりも医療のレベルを高めれば、もっと多くの人たちが救われると考え、再び医学研究の道へ向かったという。

こういったエピソードは、生理医学賞を受賞した大村氏に通じるところがあって非常に興味深い。

化学賞受賞の業績について、“YouTube”で検索してみたところ、以下の韓国のYTN放送はかなり詳細に解説していたが、私の韓国語の聴き取りも随分怪しくなっていて殆どチンプンカンプンだった。もっとも、解説者の高麗大教授が、説明し終わってから、「ご理解頂けたかどうか良く分りません。なにしろ難しい話なんで・・」と笑っていたくらいだから、私がチンプンカンプンだったのは当然だろう。

노벨 화학상, DNA 복구과정 규명한 과학자 3명 공동 수상 / YTN 사이언스

ここで高麗大の教授は、サンジャル氏を始め受賞した3氏についても紹介しているけれど、自身が米国へ留学した80年代後半には、3氏とも既に学界の重鎮だったと回顧しながら、「この3氏皆が30~40年に亘って研究を続けて来られた偉い方たちなので、誰も今回の受賞を驚いていません」と述べていた。

どうやら、サンジャル氏はかなり前からノーベル賞の有力な候補の一人だったらしい。インタビューでは、サンジャル氏も「自分は生理医学賞だと思っていたので、2日前に発表があって、今年も諦めていたら、化学賞の受賞が伝えられて非常に驚いた」と語っている。

ところが、トルコでは、これが殆ど話題になっていなかったようである。毎年のノーベル賞受賞者についても、簡単な短いニュースで伝えられるだけだった。ノーベル賞なんて、トルコとは関係のない話だと思われていたのかもしれない。(文学賞の受賞はあるのだが・・・)

その所為か、受賞が決まっても、日本のように「待ってました!」とばかりの迅速な報道はなく、寝耳に水で慌てて取材したような印象さえあった。それどころか、いろいろな情報が入り乱れて、嘆かわしい政治的な議論まで巻き起こっている。

というのも、クルド系政党HDPの国会議員ミトハト・サンジャル氏は、親族の一人であることが明らかになり、アジズ・サンジャル氏の「民族」までが取り沙汰されてしまったのである。

政治学者・ジャーナリストでもあるミトハト・サンジャル氏は、こういった議論を「悲しくなる」と非難しながら、「アジズ・サンジャルの母語アラビア語なのを知るべきである。私が何であればアジズ・サンジャルもそうである。家族の中ではアラビア語を話している」と語ったらしい。

しかし、他の報道によれば、アジズ・サンジャル氏本人は、英国のBBC放送が取材に来て、いきなり「貴方はアラブ人なのか?」と問うたことに立腹し、「ジズレで生まれたとしても、カルスで生まれたとしても、私はトルコ人である。アラビア語クルド語も話さない」と答えたという。

アジズ・サンジャル氏は8人兄弟であり、実兄にはトルコ軍の退役将軍もいるそうだ。やはり実兄であるタヒル・サンジャル氏が、ハベルテュルク放送のインタビューに答えているのを聴く限り、その家族、少なくともタヒル氏には、アタテュルク主義、あるいはトルコ民族主義の傾向があるのではないかと感じた。

父母は読み書きが出来なかったものの、8人の兄弟は、全て大学を卒業しているというから、その世代や辺境の農村地域であったことを考慮すれば、かなりインテリな家族と言えるだろう。

ヒル氏は、弟が「貧しい家に生まれ・・・」と報道されていることに対して、「貧しくはなかった。取材に行けば、私たちの家が立派であることが解るはずだ」と反論している。

それから、「弟はイスラム教導師養成学校なんてものを出たわけじゃない」とか、「以前に弟の業績を報じていたのはジュムフリエト紙(左派紙)ぐらいである」と語り、左派アタテュルク主義の立場から現政権を批判しているようにも見える。

また、タヒル氏によると、家族のルーツは中央アジアから来たトルコ民族であるらしい。

これでは、HDP議員ミトハト・サンジャル氏の主張と大きく異なってしまうが、タヒル氏は、ミトハト氏が従弟である事実を認めて、特にミトハト氏を批判するような話もしていない。マルディンという地域の特性から、母親がアラビア語を話していたようなことも少し仄めかしている。

一方、アジズ・サンジャル氏へのトルコ語のインタビューをいくつか聴いてみると、言葉を慎重に選びながら、非常にゆっくり話していて、少したどたどしい感じさえする。次の言葉を考えている時、英語の話者が良くやるように「アーム(Uhm)」と繰り返したりしている。

夫人は、アメリカの大学の同僚だったというアメリカ人女性なので、殆ど英語中心の生活になっているのだろう。また、研究についての説明をトルコ語で行う機会が、これまで余りなかったため、少し戸惑ってしまったのかもしれない。

インタビューでは、祖国トルコへの思いを熱っぽく語り、やはりアタテュルク主義的な傾向が感じられた。

それに、夫人はイスラム教に改宗して、“ギュヴェン”というトルコ名を使っているという報道も見られた。ある程度はイスラム的でトルコ民族主義的な人物であるような気もする。

サンジャル氏は、研究で重要な発見があった日、夫人に、「凄いことを発見したよ。今、これを知っているのは、アッラーと僕しかいないはずだ」と打ち明けた話をインタビューで楽しそうに語っていた。

しかし、サンジャル氏のインタビューで私が最も感銘を受けたのは、かつて医師として、マルディンの村々を回った経験を振り返り、当時は差別もなく、人々はお互いに争ったりしていなかったと回想しながら、現在の状況がいち早く改善されることを願っていたところだ。それに続けて、サンジャル氏は次のように語っていた。

「私が奨励したいのは、政治に関わったりするより、科学を重視して、これの為に働き、自分を捧げることです。トルコの発展とトルコの人々の向上は、ただ科学とテクノロジーによって実現するのです。これをトルコの国民に捧げます」