メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

兵士の鬨の声

(12月14日)

所謂オスマン語の議論などを傍から見ていると、なんとなく、トルコ共和国オスマン帝国と戦って独立を達成したのかと思わされてしまうけれど、アタテュルクら救国戦線を率いた軍人たちが戦った相手は、オスマン帝国じゃなくて、このオスマン帝国を崩壊に追いやった西欧列強だった。

そもそもアタテュルクら救国戦線の指導者は、オスマン帝国の軍人たちだった。彼らが命を懸けて守ろうとしたのも“政教分離”や“ラテン文字”ではなかっただろう。おそらく、オスマン帝国の中のイスラムの共同体を守る為に立ち上がったのではないかと思う。

例えば、トルコの国歌“独立行進曲”の歌詞を見ると、“アザーン”や“新月”といったイスラムを想起させる文句は度々出て来るものの、“政教分離”などに関わる言葉は全く見当たらない。それどころか“トルコ”という名称さえ出てこない。

当時、“トルコ民族主義”は未だ始まって間もなかったから、救国戦線を戦った人たちにも「トルコ民族を守る」という意識はそれほどなかったのかもしれない。

昨年の6月、“ゲズィ公園騒動”が盛り上がっていた時分、未だ明るい4時頃に、ベイオウルの酒場街を歩いてみたら、もう多くの人たちが外の席で盛大に酒宴を開いていた。その中で、何処かの店が、突然、“独立行進曲”をかなり大きなボリュームで流し始めたところ、飲んでいた人たちが一斉に起立して、国歌を唱和したのである。

イスラム的なAKP政権の横暴に抗議するといった意味合いがあったのかもしれないが、歌詞の内容を良く考えた場合、なんだかミスマッチな光景であるような気がして、思わず失笑してしまった。

聞くところによると、トルコ共和国の軍が、創立から現在に至るまで、突撃の際に使っている鬨の声は「アッラー!」だそうである。

あるイスラム的なサイトを見たら、4年ほど前の寄稿のようだが、次のように書かれていた。

「ケマリズムを民衆に押し付けている軍が、生死に関わる場面で兵士たちへ、“アッラー!”と叫ばせているのは理不尽である。ケマリストの若者だけを徴兵して、“アタテュルク!”と叫ばせるか、イスラム法に基づく国と軍を作ってから徴兵して、“アッラー!”と叫ばせるべきである。」

理屈としてはもっともだが、多分、イスラム的な政権も共和国的な軍も、こういった極論は避けるような気がする。

おそらく今後も、オスマン帝国の多様性を再認識したり、イスラムの価値を重視したりする傾向は顕著になって行くだろうけれど、必ず何処かでバランスが取られて、政教分離が反故にされたり、アタテュルクへの敬意が失われたりすることは決してないと思う。トルコの人たちはバランスを取るのが非常に上手い。