メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アーシューラー

昨日は、イスラム暦によるムハレム月の10日目“アーシューラー”の日だった。
西暦680年のこの日に、イマームフサインが“カルバラーの戦い”で殺害されたため、シーア派の人々は“フサインの殉教”を哀悼して盛大な行事を催すようになったという。
しかし、スンニー派が主流のトルコで、シーア派は50万人ぐらいと僅かな存在に過ぎないらしい。しかも、その殆どがアルメニアとの国境に接する東部のウードゥル県に集中しているそうだ。
イスタンブールのアタテュルク空港に近いハルカル地区には、このウードゥル県から出て来た人たちが多数居住していて、毎年、“アーシューラー”に催される盛大な行事が報道されていたので、昨日、私も一度ぐらいは見聞して置こうとハルカルまで出かけて来た。
トルコでシーア派の人たちは、“ジャフェリー”と呼ばれている。これはシーア派の主流となっている“ジャアファル法学”に由来するものらしいが、詳細は末尾にURLを貼付したウイキペディアの記述を参照して頂きたい。
昨日の午前11時過ぎ、行事が催されるという体育館の前へ着いた頃には、大群衆が辺りを取り囲んでいて、既に騒然とした雰囲気になっていた。多分、私はぎりぎりで体育館の中へ入れたのだと思う。途中退場した時は、既に入口が閉められていて、係員が少しだけドアを開けて、私を外に出してくれた。
中へ入ると、まずその収容人員に驚いた。どのくらい集まっていただろうか? 演壇では、トルコのシーア派のリーダーであるというセラハッティン・オズギュンデュズ氏が熱弁をふるっていた。
今日、調べて見ると、オズギュンデュズ氏は、シーア派の思想をイランで学んだようであるが、演説の中では、オスマン帝国の栄光が語られ、自分たちがトルコ共和国の国民であることも強調されていた。ウイキペディアの記述によれば、CHP議員のアリ・オズギュンデュズ氏は従兄に当たるという。
オズギュンデュズ氏の演説に続いて、アゼルバイジャンから招かれたセイド・タレフ・ボラディガヒという人物が、哀悼の詩を朗唱し始めると、会衆の興奮はクライマックスに達したように感じられた。私の両隣の中年男性は、時折、涙を拭いながら聴き入っていた。


アーシューラーの哀悼詩

私には、詩はもとより、ボラディガヒ氏が話す“アゼルバイジャントルコ語”も解り難かったけれど、ウードゥル県出身のシーア派の人たちの多くは、アゼルバイジャン系のトルコ人であるというから、特に問題はないのだろう。
しかし、体育館の前に集まっていた人たちの中からは、「チュアニバシ!」というクルド語の挨拶も聞かれた。アゼルバイジャン系のシーア派という青年によれば、トルコには僅かながらクルド系のシーア派もいるそうだ。
もっとも、トルコの人たちのアイデンティティーを確かめるために、母語エスニック的な血統を見ても余り意味はないような気がする。
例えば、母語クルド語であっても、敬虔なスンニー派ムスリムであれば、AKPに投票しながら、自分たちを多数派であると認識している人が多いのではないかと思う。
逆に、BDPなどのクルド系政党の支持者の中に、クルド語を全く話せない人もいる。彼らは自身のアイデンティティーを、“左翼的なクルド政治思想”に求めているのかもしれない。
アゼルバイジャントルコ人シーア派の青年は、自分たちが少数派であると語っていた。
さて、ボラディガヒ氏の朗唱が終わると、イランの最高指導者ハメネイ師の代理人であるという法衣を纏った人物が壇上にあがり、トルコ語の通訳を介してペルシャ語でメッセージを伝えていたが、途中、アメリカとイスラエルに対する激しい非難が繰り返され、なかなか興味深いものを感じた。
以下はその冒頭の部分で、「ハメネイ師の熱い誠意のこもった挨拶を皆さんに伝えたい・・・」と始められている。ペルシャ語の抑揚がとても美しい。


ハメネイ師のメッセージ

ところで、ウイキペディアにも、「宗教的な感情が最高潮を迎えるアーシューラーの日は、シーア派社会のエネルギーが爆発する日」と記されているけれど、昨日の会場の様子は、まさしく“エネルギーの爆発”という形容が相応しいように思えた。
いったい、あの熱狂は何処から得られるのだろう? それは、やはりイマームフサインが無残に殺されてしまったという悲劇性に起因するのではないかと思うが、ひょっとすると人間には、多くの場合、マゾヒズム的な一面が潜んでいて、これを刺激されると堪らなく興奮してしまうのではないか。シーア派の人々は、フサインの名を叫びながら、自分たちの体を叩いたりしている。
しかし、そういうマゾヒズムの頂点に達しているのは、十字架に掛けられたイエスであるかもしれない。しかも、イエスは、イマームフサインのように権力争いに敗れたのではなく、人々の罪を購う為に自ら進んで磔にされたというのだから、あれほど感動的な物語はないような気もする。老体を晒す前に、若くして非業の死を遂げるという“偶像”の絶対的な条件も満たしている。
イスラム預言者ムハンマドの場合、成功した指導者として天寿を全うしてしまったところが、まず物語になり難い。成功する過程においても、敵に攻められると塹壕(ハンダク)を掘って守りを固めたりと、何だかせこい事ばかりしている。これじゃあ一つも熱狂できない。
それで、シーア派は、イマームフサインの死に焦点を当てようとしたのだろうか? その時に、イエスの物語を参考にした形跡はないのだろうか? こんなこと考えても休むに似たりだけれど・・・。
ISISやアルカイダのテロは、こういった宗教的な熱狂とは、ちょっと違うような気がする。まず何より、彼らの背後に、熱狂している民衆などいないように見える。おそらく民衆は、その暴力を恐れているだけだろう。まあ、そういう抑圧的なところや、金銭で兵士を募ったりしている“商人感覚”が、少しイスラムらしいかもしれないが・・・。
私の偏見では、イスラムスンニー派に問題があるとすれば、それは、その“事なかれ主義”が停滞を招いてしまう可能性じゃないかと思う。

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