メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ジャパン・フェスティバルの某演歌歌手

1994年の“ジャパン・フェスティバル”では、某女性演歌歌手の公演もあり、私がその司会役を任された。
司会役を命じられたのは、当日の朝になってからで、会場のロビーで簡単な打ち合わせがあった。その時、某歌手にも紹介されたが、彼女は、「よろしくお願いします」と頭を下げた私の方を見るでもなく、何も言わずに後ろへ下がり、打ち合わせに加わることもなかった。
前日は、一応、リハーサルの為、会場に現れていたが、予定曲の中から一曲、それも一番だけを歌って“リハーサル”を済ませると、例の海部元首相の夕食会だか何だかへ行ってしまった。
さて、当日の朝の打ち合わせは、ごく短いものだったが、司会者の台詞を渡され、それをトルコ語へ訳さなければならなくなった。
司会には、もう一人トルコ人の女性も立つことになっていて、台詞を私が日本語で読んだ後に、彼女がトルコ語訳を読むという手筈になっていた。
途中に一つ、かなり長い台詞があって、マネージャーさんによれば、そこで某歌手が衣装替えに入るため、「出来る限りゆっくり読んでもらいたい」という指示だった。
それで、午後になってから、トルコ人女性にトルコ語訳を見せて、少し手直ししてもらうと、一通り読み上げる練習をしながら、ゆっくり読む部分にも留意した。
当日は、もうリハーサルを行なう時間などなかったから、我々司会者は殆どぶっつけ本番と言って良かった。舞台に上がったら、さぞ緊張するんじゃないかと思っていたけれど、スポットライトを浴びたら、観客席は真っ暗になって何も見えなくなったので、それほどでもなかった。
某歌手とはアドリブのやり取りもあって、その時初めて彼女と会話したが、朝の態度が信じられないくらい、にこやかで馴れ馴れしいのに驚いた。
数曲歌って、彼女が舞台から退くと、代わりに私たちが出て行って、ゆっくり台詞を読んだ。読み終わったら、退くことになっていたから、そのまま舞台の袖まで戻って来ると、マネージャーさんは、「うーん、ちょっと早かったなあ。未だ衣装替え終わっていないんですよ。でもしょうがない。私の書いた台詞が短過ぎました」と言いながら、とても困った様子だった。
それからの出来事である。衣装替えを終えて、舞台の袖に姿を現した某歌手は、誰に向かうともなく、大きな声で、「舞台の上に誰もいないじゃないのよおー! 打ち合わせはどうなっているのよおー!」と四方に怒鳴り散らした。あれは観客席まで響いたのではないかと思う。そのぐらい大きな怒鳴り声で、私も肝を潰した。
マネージャーさんは怯えたような面持ちで、「もう一度舞台に出て、とにかく何か話して下さい」と私に懇願する。仕方ないから、ふらふらと出て行って、つまらないことをトルコ語で喋ったら、その内容が受けたのか、下手なトルコ語が可笑しかったのか、観客席がどっと沸いた。ホッとして後ろを向いたら、某歌手がにこやかな笑顔で、意気揚々と歩いて来るのが見えた。
まあ、この歌手さんには驚いた。後でスタッフから聞いたところによると、歌は一曲を除いて、全て口パクだったそうだ。リハーサルなど必要なかったのである。 

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