メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

AKP政権とフェトフッラー・ギュレン教団の対立

 昨日(1月31日)のラディカル紙のコラムで、オラル・チャルシュラル氏は、BBCのインタビューに答えたフェトフッラー・ギュレン師の発言の中から、“クルド問題”に関する部分を取り上げ、解説していた。

クルド和平のプロセス”で、クルド武装組織PKKとも交渉しているAKP政権に対して、フェトフッラー師は、「組織と交渉は可能だが、・・・国家の尊厳と名誉を守りながら交渉すべきだ」と批判している。 

チャルシュラル氏の解説によれば、前後の発言から、フェトフッラー師が、PKKをテロ組織と看做しているのは明らかで、クルド問題の解決は、“教育”“厚生”“治安”“貧困の撲滅”によって得られると主張しているそうだ。

チャルシュラル氏は、フェトフッラー師が、“クルド人アイデンティティー”“自治の要求”といった問題から目をそむけていると指摘しながら、「これでは、国家の以前の見解との相違を見出すことさえ難しい」と述べている。(以前、トルコ国家は、南東部が経済や教育の面で立ち遅れている為に問題が生じたと主張して、“クルド問題”という言い方も否定していた。)

この指摘は、非常に興味深い。フェトフッラー師の教団も、かつてはPKKと同様に、国家から危険分子と目されていたはずだ。それが今や、当時の国家と余り変わらない見解を明らかにしている。

ところが、現在、“国家”のほうは、AKP政権と共に“クルド和平のプロセス”を推し進め、イムラル島で拘束されているPKKのオジャラン党首もこれに協力する姿勢を見せているのである。

以下にお伝えしたテレビの番組で、“トルコのエスタブリッシュメント”に属すると思われるジャン・パケル氏は、「今、トルコには、民衆から強い支持を得た2人の政治指導者がいる。一人はエルドアン、もう一人はオシャランである」とまで言い切っていたほどだ。

2014年1月10日 (金) 

最新の世論調査によれば、AKP政権が“不正事件”を“教団の陰謀問題”にすり替えようとしているにも関わらず、大多数の国民が「不正の事実はあるだろう」と見ている。しかし、AKPの支持率も殆ど落ちていない。つまり、不正の疑いを認めながら、AKPを支持する人々が少なくないのである。まさしく「不正にもぶれない強い支持」と言えるかもしれない。

私の周囲にいるAKP支持者の中にも、政府の発表を鵜呑みにしている人は全くいない。ハルク銀行の頭取宅から出て来た大量の札束について、「あれはイラン絡みの金じゃないのか?」と疑う友人もいる。彼はそう言いながら、「そんなことがバレたら、トルコは大変な苦境に立たされてしまう。教団はなんて真似をするんだ」と非難の矛先を教団に向けていた。

世論調査の結果を見ても、フェトフッラー・ギュレン教団へ支持を明らかにしている人の割合はいくらでもない。特に他のイスラム各教団からは、総スカンの状態である。今回、フェトフッラー師がBBCのインタビューを受けたことで、さらに印象は悪くなったかもしれない。「やっぱり欧米の手先という噂は本当だったのか・・・」と感じた人も少なくないだろう。

2013年2月19日 (火) 

長年、宗教教育に携わって来た友人は、アライル(正規の学校教育を経ずに知識を身につけた人)とメクテップリ(正規の学校教育を受けた人)という言葉の違いについて説明しながら、「フェトフッラー・ギュレン師は“アライル”だ」と評していた。

友人の言う通り、フェトフッラー師は、神学部等を出ているわけじゃないらしいが、教団には、一流の大学を卒業したエリートも多い。しかし、政権寄りのジャーナリストによれば、このエリートたちは、貧しい家庭の子供を、師が引き取って育てた成果であり、その為、彼らは“師への忠誠”を違えることがないそうである。(仮に、一部そういう例があるとしても、それが全てであるとはちょっと信じ難いが・・・)

フェトフッラー・ギュレン教団は、冷戦の最中に、反共勢力として培養され、冷戦後は“穏健なイスラム”を広める目的で、欧米から支援を受けて来たと囁かれている。こういった背景により、90年代までは、トルコ軍とも良好な関係があったらしい。

それが今では、トルコ国内で孤立してしまった為、さらなる欧米の支援を取り付けようとBBCのインタビューを受けたのではないかと穿った見方を示す識者もいる。

おそらく、騒動が収まった後になって、事実は、ある程度明らかになるのだろう。

イスタンブール・シェヒル大学のブルハネッティン・ドゥラン(Burhanettin Duran)教授は、“教団”という存在そのものを認めない従来の政教分離が、フェトフッラー・ギュレン教団を不透明な構造に導いてしまったと分析しながら、これを機会に、各“教団”の宗教活動も認める方向で、新しい政教分離を模索して行かなければならないと論じていた。

“禍を転じて福と為す”じゃないけれど、こういう前向きな議論は、今後の展開に期待を懐かせてくれると思う。