メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

活躍する“悪魔”のようなイスラムの女性たち

イスラムでは、4人の妻を娶ることが許されていて、女性蔑視が甚だしいと言われているけれど、論語に出て来る“匹夫匹婦”が賤しい庶民の意になるのは、貴族であれば一夫多妻が当然だったかららしい。
日本の歴史を振り返ってみれば、40年ぐらい前でさえ、有力政治家などが、公然と二号さんを囲っても特に問題とされていなかった。トルコは、その点、当時からもっと厳しかったのではないかと思う。
現在、かなり“敬虔なムスリム”からも、4人妻制度の復活を望む声は殆ど聞かれない。かえって“敬虔なムスリム”のほうに、“妻一筋”という男が多いような気もする。
エルドアン首相など、何処へ行くにもエミネ夫人がついて来るから、軽い浮気もままならないだろう。エルドアン首相には、非常な“恐妻家”という噂もある。
あれは、エルドアン首相が、就任して未だ間もない頃だったと思うが、トルコ政府に招かれたバレー団だか何かの公演があり、政府を代表して首相も臨席していた。ところが、エルドアン首相は、肌も露なダンサーを直視できなかったのか、舞台から絶えず視線を逸らせていたらしい。
翌日、エルドアン首相を嫌う左派の新聞には、あさっての方向を見ている首相の写真が掲載され、「これでは公演した人たちに失礼だろう」と非難する記事が書かれていた。しかし、カメラに捉えられたエルドアン首相の少し困惑した表情は、なんとも微笑ましい感じさえして、私には好ましく思えた。
これほど堅物のエルドアン首相が、テレビ番組で、エミネ夫人との馴れ初めを訊かれて打ち明けた話には、いささか驚かされた。活動していたイスラム系政党の大会で舞台に上がったところ、最前列に座っていたエミネ夫人と目が合ったそうだ。
それで、「最近の表現に、“電気が走った”とか言うのがあるじゃないですか? そんな感じでしたね・・・」なんて、ぬけぬけと仰る。「でも、私が恋に落ちたのは、一生にこの一度だけです」とすかさず言い添えていたけれど、漱石先生が聞いたら、さぞ苦々しく思ったに違いない。私も何だか裏切られたように感じた。

 この駄文でも、お伝えしたように、トルコの大学の神学部では、女学生の割合が既に70%に達したという。そのうち、トルコのイスラムは、女性が主導するようになるかもしれない。イスラムの解釈、価値観も大きく変わって行くのではないだろうか。
AKP政権の10年で、敬虔なイスラムの女性たちの社会進出には目覚しいものがある。インターネットから視聴できる政権寄りニュース専門放送では、スカーフを被った女性キャスター・解説者の姿も見られるが、そういった敬虔な女性ジャーナリストの中でも、特に若い新鋭たちの活躍が際立っている。彼女たちは、広い学識を備えているばかりか、“悪魔”のように頭の回転も速い。
この女性たちが、トルコの民主主義の発展に果たす役割は大きいだろう。女性の社会的な地位の向上にも尽力するに違いない。でも、ジェンダーフリーなどには関心がなさそうだ。この辺に、敬虔なイスラムの女性ならではの特質が現れて来ると思う。 

merhaba-ajansi.hatenablog.com