メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

お客さまは神さまです

いつだったか、イスタンブール市内のそれほど広くないカフェの中ほどに座って、軽く腹ごしらえしていたところ、未だ高校生ぐらいに見える店員が、目の前で掃除を始めた。昼過ぎの中途半端な時間帯で、客は私一人しかいないようだった。
「埃が立つから、掃除は止めてもらえないか?」と注意すると、店員は素直に手を止めたけれど、そのまま右斜め後ろに移動して、また掃除を始める。
「掃除しているのを見たくないからじゃない。埃が立つから止めてくれと言ったんだよ」と、前よりいくらか強い調子で言ったら、また素直に手を止めたので、さすがにもう掃除は諦めただろうと思ったが、甘かった。
少し経って、人の動く気配に、後ろを振り返ると、彼は直ぐ真後ろで、せっせと掃除に励んでいる。今度は、「止めろと言ったのが解らないのか!」と大きな声で怒鳴りつけてやった。
これでついに観念したのか、私が店を出るまでは、掃除道具に手を伸ばそうとしなかった。
おそらく、店長から「暇だから掃除でもしろ」と命じられていたに違いない。でも、客に注意されたら、直ぐ止めれば良いのに、いったい何の為に働くと思っているのだろう?
昔、韓国に居た頃だから、もう25年前になるが、日本の新聞に、ソウル特派員の話が伝えられていた。ソウルの鮨屋で、女店員たちが一人の老人客ばかりにサービスするので、堪りかねて注意したところ、「私らはね、あの人から給料もらっているのよ!」と言い返されたそうだ。
他の国々ではどうなっているのか? 一部のヨーロッパの国に比べれば、トルコや韓国は、店員等のサービスが遥かに良いという話も聞くけれど・・・
クズルック村の工場では、現場の従業員が入社してくる度にオリエンテーションを行い、日本人の社長が、彼らにこう尋ねたものだ。
「皆さんは今日からこの工場で働くわけですが、皆さんの給与は何処から出て来るのでしょう?」
すると、その多くが「貴方からです」と答える。中には、少し考えて「日本の本社から」と答える者もいた。
社長は辛抱強くそういった答えを聞いた後で、「いや、皆さんが作る製品をお買い求めになる顧客の皆様から私たちの給与は出ているのです。だから一生懸命良い製品を作ってください」と訓示していた。
「そんな話は資本家が使うまやかしに過ぎない」などと難しいことを言う人は、どうか他所でそういう問題を論じてもらいたい。私は単純にこの話が好きだった。
それで、大卒のエンジニアら数人にも、同様の設問を試してみたことがある。多分、現場の従業員たちとは違った結果になると思っていたが、返って来た答えは殆ど変わらない。さすがに、「おい、どういう答えを期待しているんだ?」などと訊き返して、少し考えたりしていたが、結局、“顧客”という回答は出て来なかった。
日本の社会が特殊なんだろうか? 日本で試せば、高校生でも“正解”を出すのではないかと思う。

昨年の夏、やはりイスタンブール市内で、母と昼を食べていたら、店員が真上の天井をモップで拭き始めた。これはさすがに、店長が直ぐ注意していたけれど、母も随分驚いていた。
そこで、母に、クズルック村工場での顛末を話したところ、私が“正解”を言う前に、母は呆れた様子で、「そりゃ“顧客”に決まってるじゃないか」と言い、大卒からも正解が出なかったと続けたら、「ちょっと待ってよ、トルコの人たちって大丈夫なの?」と顔を曇らせ、クルクルパーの手付きをして見せた。
私もあせって、「歴史的な背景も違うから・・・」とか色々説明したけれど、本当に何故これほど違っているのか良く解らない。82歳の母より、彼らは40歳ぐらい若いはずなのだが・・・。
ところで、クズルック村工場の大卒エンジニアの中でも、非常に“敬虔なムスリム”であるメフメットさんの回答だけは、かなり変わっていた。
「貴方の給与は何処から出て来るのですか?」と訊いたら、彼は他の面々と違って、全く考える時間を置かない。間髪を入れずに即答した。「アッラー(神)からです」。
全ての恩恵はアッラー(神)から与えられるそうだ。

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