メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

尚武の国

水曜日は帰りがけに、もう一箇所、知人の小さな出版社を訪ねてみた。ここを訪れるのは1年ぶりぐらいだったかもしれない。
この出版社の目録には、アタテュルクに関する書籍が多い。退役将軍の著作もあった。知人は酒も飲むし、宗教的な傾向は殆ど感じられない。それで当初、彼は典型的な“アタテュルク主義者”なのだろうと思っていた。
しかし、そのうちに左派のアタテュルク主義者とは大分かけ離れていることに気がついた。CHP(共和人民党)などは全く支持していない。話を聞いていると、彼が最も支持している機関は“トルコ軍”であることが解る。軍とはかなり近い関係にあるようだ。
久しぶりに会って、最近の世相について雑談しながら、話がゲズィ公園の騒動に及んだところ、彼はあの騒動を外国の陰謀と決めつけ、それに乗じてデモを煽った国内の勢力を激しく非難した。これではエルドアン首相の見解と殆ど変わらない。あの騒動に沈黙を守って何一つ発言しなかった“トルコ軍”の見解も同様なのだろうか?
知人によれば、トルコ共和国は、かつてない発展期を迎え、これまでになく国力が充実し、中東の盟主の位置を取り戻しつつある。問題は、この急な展開に欧米が驚き、さらに妨害工作を仕掛けてくる可能性であり、これに対して巧く協調を保ちながら対処しなければならないとしていた。
2003年のイラク戦争で、アメリカはトルコにも派兵を要請したが、トルコの議会がこれを承認しなかったために、派兵は実現していない。あの時は、多くの識者が、派兵によって北イラクを押さえれば、国内のクルド問題も解決に導けるのではないかと論じていた。
しかし、派兵しなかったにも拘わらず、今、北イラクはトルコの経済圏に入りつつあり、“イラク戦争の勝者はトルコではないのか”などと言われている。
今年の3月、イムラル島に収監されているクルド武装組織PKKの党首オジャランは声明を発表し、PKKに武力の放棄を呼びかけ、トルコ人クルド人の団結を謳いあげた。「我々を分断しようとする西欧の帝国主義者たち」に対して団結するよう求めたのである。
こういった状況は、欧米の“帝国主義者”たちをとても不愉快にさせているかもしれない。イラク戦争アメリカに言われるまま派兵して、北イラクにもっと影響力を及ぼすようになっていたら、アメリカは何を言い出しただろう?
出版社の知人は、当時、アメリカとの協調を保ちながら派兵を回避したAKP政権の政策を評価し、現在のシリア問題でも、トルコの軍事介入に反対していた。確かに、トルコとしては、アメリカが軍事介入すれば、兵站等の支援はしても、やはり派兵するのは避けたいところじゃないかと思う。
私はここで日頃の疑問を彼に尋ねてみた。「AKP政権下でトルコ軍は弱体化したのだろうか?」
回答は、弱体化どころか、共和国の発展に合わせてトルコ軍もこれまでになく充実し、さらに飛躍するだろうというものだった。実際、兵備はかなり強化されているらしい。
AKP政権に対してクーデターを企図した罪により、何人もの軍人が終身刑を言い渡されている問題については、「軍の内部における清算の結果」と説明していた。こういう“軍内部の清算説”は随分前から囁かれている。クーデターの企図を裏付ける証拠は、その多くが漏洩ではあっても、要するに軍の内部から提供されていたからだ。バシュブー元参謀総長終身刑には、AKP政権側からも「厳しすぎる」という声が出ているのに、軍は今のところ表立って何も言っていない。
以下に記したように、もともと政教分離主義とイスラム主義の対立などと言うものはなく、あったのはグローバル派と民族派孤立主義)の争いだったと論じる識者もいる。

知人に、この説はどうなのか訊いたら、「いや、既存のエリートと民衆の闘いでしょう。トルコ軍は民衆の軍であることを選んだのです」と何だか巧くはぐらかされてしまった。

トルコの人々の間で、軍の人気は相変わらず高い。今年の4月に行われたアンケートの結果がネットの記事に出ていたが、「最も信頼する機構」という設問で、軍は“政府”の43,9%を上回る63,9%で1位となっていた。しかし、これでもかつてに比べると相当落ちたらしく、記事の見出しは「軍を揺さぶるアンケート」だった。

興味深いのは、支持政党別のアンケート結果。AKPの64,5%(1位は政府の71,8%、2位は警察の65,3%)、CHPの68,6%(2位は警察の30,9%)に対し、MHP(民族主義行動党)の支持者らは、75,4%と断トツの1位で軍を信頼している。

AKP支持者の間で、軍は3位に落ちてしまっているけれど、同じ中道右派であり、最も支持基盤が似通っているMHPでは、断トツの1位。これはなかなか面白い結果だと思った。

さて、先週、メジディエキョイからタクシムまで歩いて行く途中、軍事博物館の前を通りかかったら、メフテル(オスマン帝国の軍楽隊)の勇壮な調べが聴こえて来た。思わず大通りを走って渡り、博物館の中庭を覗いたら、そこで折しも演奏中である。

通常、メフテルの演奏は、博物館内のコンサートホールで行われ、この場合、博物館の入場料を払わなければ、演奏を見ることは出来ない。しかし、この日は何かの都合でコンサートホールが使えなかったらしい。中庭までなら無料だから、直ぐに入って最後の2曲を聴かせてもらった。メフテルはいつ聴いても素晴らしい。トルコの人たちもメフテルが大好きだ。

軍事博物館のメフテルは、もちろん軍人で構成されている。オスマン帝国から受け継がれている伝統。その為、イスラム的な雰囲気も感じられる。メフテルの隊員たちは、演奏の後、記念撮影に応じたりして、人々との交流にも熱心である。老若男女、信仰の篤そうな人、無さそうな人、色んな人たちが記念撮影に集まって喜んでいる。あれを見ていると、トルコにおける軍の人気の高さが解るような気がする。

トルコに、中国や韓国で見られる「良鉄釘にならず、良民兵にならず」という発想はない。「良鉄大砲になり、良民兵になる」といったところじゃないだろうか。伝統的に尚武の国なのかもしれない。