メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

驚異の天然記念物女

これまでにも度々話題にしてきた旧居の大家さん家族、3年前に大黒柱のマリアさんが亡くなって、今は娘のスザンナさんと彼女の息子ディミトリー君の二人だけです。

スザンナさんは今年で40歳になるけれど、相変わらず脳天気で、精神年齢は10歳ぐらいじゃないでしょうか。息子のディミトリー君は、結構まともかもしれません。今年イスタンブール工科大学に合格して、今は学生やっています。まあ、トルコとギリシャ二重国籍だったのに、トルコ国籍から離脱して、入試が容易な留学生枠を利用するという裏技を使いましたが・・・。とにかく、何とか卒業まで頑張ってもらいたいものです。しかし、スザンナさんには、家賃収入が僅かばかりあるだけで、これからどうやって息子の学費を工面するのでしょう。

今のところ、母マリアさんの友人であるマリアさんというルーム(トルコ国籍のギリシャ人)の老婦人が、ある程度、援助してくれているけれど、数日前、スザンナさんは、このマリアさんと諍いを起こして大騒ぎしたあげく、携帯の電源を切ったままにしています。

諍いは以下の問題から起こったようです。スザンナさんは、祖父母からの蓄えも殆ど底をついたため、いよいよあの旧居を売り飛ばすことにしたものの、そうなるとギリシャロードス島にいるお兄さんにも権利があり、一人では家を売ることもできません。それで、マリアさんに頼んで弁護士を紹介してもらったのに、数日前、マリアさんロードス島のお兄さんと緊密に連絡を取り合っていることが明らかになって、たちまち逆上してしまいました。

私にも電話を掛けてきて、「マリアが裏切った・・・」とか喚いていたので、『これはただ事じゃないな』と思い、帰宅してこちらから掛け直すと、「今、タクシー乗っていて余り話せないけれど・・・」と言いながら、段々ボルテージが上がってきて、しまいには、オイオイと大声で泣き出す始末。あれにはタクシーの運転手さんもびっくりしたでしょう。

タクシー? そう何処へ行くにしても大概タクシーなんです。彼女はなにしろお嬢様育ちだから、公共交通機関など余り利用できないのです。というより、彼女に利用されると、他の乗客がいい迷惑だから、向こうでお断りかもしれません。一度、市バスの中で携帯を掛け、怒鳴るような大声で話し出した時は腰を抜かしました。少し込んでいる車内で、彼女の席から大分離れたところに立っていたので、直ぐには注意できなかったし、私などが注意したら火に油を注ぐようなもので却って大騒ぎになります。それで、知り合いじゃないような顔してそっぽ向いていました。

私はこの女性を秘かに“驚異の天然記念物女”と呼んでいます。その天然キャラと放縦な気質は充分に記念物級であるし、ギリシャ語を母語とするトルコ国籍のギリシャ正教徒“ルーム”は既に2千人を割ってしまっているから、正しく“天然記念物”であるに違いありません。

いつだったか、あまりの放縦な態度に、私もぶち切れて怒鳴りつけてしまったら、こちらが呆れるぐらいシュンとなったのは良いけれど、その後、3ヵ月ぐらいの間、何の連絡も寄越しませんでした。3ヵ月ぐらい経って、また面倒なことを頼みたくなったら、臆面もなく電話してきて、怒鳴られたことはもうすっかり忘れていたようです。

その時、息子のディミトリー君へ、「君のお母さんにとって私は余り良い友人じゃないよ。彼女には横っ面を張り倒すような友人が必要だね」と言ったら、「僕もそう思います」とケラケラ笑っていました。しかし、横っ面を張り倒してくれる人は、たちまち彼女の敵になってしまうから、良い友人になれる人なんて何処にもいません。

ディミトリー君は祖母のマリアさんが亡くなってから、暫くの間グレてしまい、妙な髪形をして、鼻やら瞼やらにもピアスを突っ込んでいたけれど、祖母マリアさんの友人のマリアさんが、予備校等の学費を援助してくれるというので、挨拶へ行くことになったら、髪形を正し、ピアスも全て外してしまいました。

それを見て、『この青年には常識がある。まあ、大丈夫だろう』とホッとしていたら、天然記念物のスザンナさんは、「恥知らずなお調子者だ。適当に合わせることだけは巧い」と息子を罵っているのです。これには呆れて何も言えませんでした。

今回の問題でも、今日になってディミトリー君の携帯へ電話してみたところ、「何かマリアさんと揉めたみたいだけれど、いつものことですから・・・」と彼は至って落ち着いています。それで、私も安心して、自分の見解を伝えることにしました。

実を言えば、私も随分前から、ロードス島のお兄さんに相談してみたいと思っていたくらいで、マリアさんの気持ちは痛いほど良く解るのです。スザンナさんには経済観念が全くないから、家を売って一時をしのいだとしても、いつかはロードス島のお兄さんに頼らなければならなくなるかもしれません。本当はスザンナさん自身がお兄さんと連絡を取り合うべきでしょう。そう伝えると、ディミトリー君は当たり前に理解してくれました。

考えて見ると、この大家さん家族の中で、確かな経済観念が窺えるのはディミトリー君だけじゃないでしょうか。サルエルの豪邸で生まれてフランス高校に通ったという母マリアさんにも経済観念は余りなかったようです。しかし、母マリアさんには人徳があったから、今でもマリアさんのように、スザンナさんやディミトリー君の面倒をみてくれる人がいるのだと思います。

マリアさんは余り長患いせず、急に亡くなってしまった為か、私は今でもマリアさんの死が何だか腑に落ちないように感じたりしますが、多分、マリアさんは、私たちの心の中でずっと生き続けているのでしょう。そして、『スザンナの馬鹿さ加減には頭が痛いよ』なんて地団太踏んでいるのだろうけれど、本当に生きていた頃と違って、マリアさんは少し微笑んでいるかもしれません。