メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

吉田茂とアタテュルク?

日本へ里帰りしていた友人が買って来てくれた以下の本を読みました。
 日本の歴史の中でも、とりわけこの辺りの事情は殆ど解っていなかったので非常に新鮮でした。

20年前、韓国へ行った頃は、日本の歴史について問われたり、議論を吹っかけられたりしたものだから、必要に迫られて少しは歴史関連の新書なども読んでみたけれど、こちらへ来てからはそういった刺激を余り受けないこともあって、この手の本は全く読んでいなかったように思います。なんにしても勉強不足でいけません。

というわけで、これ一冊読んだからと言って特に何か申し上げる気にもなれませんが、トルコに結びつけてかなり意外に感じたことがあったので記してみます。

まず、広田弘毅が外務省で吉田茂と同期であり、生年も同じだったという事実を始めて知り、これさえ何だか意外な気がしました。吉田茂が亡くなったのは、私が小学校へ上がった後のことであり、その国葬の様子を微かに覚えているくらいなのに、一方の広田弘毅はあくまでも“戦前の人”だったからです。共に明治11年(1878年)の生まれで、39年に入省しています。

ここで、ふとアタテュルクの生年が気になって調べてみたら、これが1881年。「えっ!?」と思ってしまいました。アタテュルクは吉田茂より三つも若かったのです。まあ、アタテュルクがトルコ共和国の初代大統領となったのは42歳の時であり、68歳で首相の座に就いた吉田茂とは、活躍期の年齢に相当な隔たりがあるものの、それにしても意外でした。

アタテュルクが祀られているアンカラのアタテュルク廟に詣でると、その荘厳な建造物に思わず遠い歴史を感じてしまうけれど、この廟が完成されたのは、1953年というから、それほど古いものではありません。トルコ共和国の成立は1923年、元号年にすれば大正12年で、これまたそんなに遠い昔の話とは言えないでしょう。

今更ながら、トルコという国の若さに驚かされました。まだまだこれからの国だと思います。