メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

目標は大西洋

先月は、イスタンブールイズミルで靴メーカーの工場を見学する機会を得ました。

イスタンブールの靴メーカーは設備の整った工場で高級紳士靴を製造しており、西欧へも多くの製品を輸出しています。

創業社長の次男という未だ若い方が工場内を案内してくれたのですが、この英語に堪能な青年の謙虚で実直そのものといった態度には、なかなか好印象を受けました。

青年は応接室に戻って来てから将来の事業プランを熱っぽく語っていたけれど、その応接室には、コーランの言葉かと思われるアラビア文字が記された額がいくつも飾られていて、これまた敬虔で実直な気風が感じられます。

創業社長は如何にも朴訥な“靴職人”という雰囲気の人物ですが、次男の青年が語ったところによれば、貧しくて小学校さえ卒業することが出来ずに、子供の頃から靴工房で働きながら仕事を覚えて独立し、最初は小さなアトリエに過ぎなかった工場を現在の規模にまで育て上げたということです。

そして、4人の男子も立派に育て上げ、今は長男が経理を担当、案内役を務めてくれた次男は研究開発、イタリアへ留学した三男はデザイン等を担当しているそうで、兄弟が一丸となって、さらなる躍進を図っているのでしょう。

これに先立って訪れたイズミルの靴メーカーは、少し規模の大きい“手作り工房”といった感じの工場で、高級婦人靴を製造し、やはり西欧へ製品を輸出しています。

ここの創業社長も寡黙な靴職人であり、今も靴のデザインから製造の過程を陣頭指揮しているものの、会社の経営は、未だ二十代ではないかと思われる次女に任せているようです。

この工場にも、ラテン文字で記された“アラーの加護がありますように”といった標語がいくつか掲げられていたけれど、大学で経営学を修め英語にも堪能な次女は、実にモダンな垢抜けた雰囲気の女性でした。

彼女の話によると、こちらは娘ばかりの4人姉妹で、彼女と三女が共に会社を経営、長女は弁護士、四女は医学部の学生なんだそうです。

私はこの二つの工場を訪れて、若いトルコのダイナミズムに触れたように思い、何とも言えず気分が高揚して来るのを感じました。

それで、数日後、自宅の近所にある小さなファーストフード風の飲食店へ寄った際、この店の未だ三十歳ぐらいに見える東部地方エラズー県出身の経営者と“将来が有望な靴業界”の話をしながら、「イスタンブールにいる元からの金持ちたちは、こういう発展を知らないのかもしれない」というようなことを言ったら、横から経営者の奥さんが「ずっと気がつかないでいてもらいたいもんだね」と話に割り込んで来ました。

この店は小さいながらも、二人の従業員を使っているけれど、最初は誰が従業員で誰が経営者なのか解らなかったくらい、経営者は控え目で影の薄い男であるのに引き換え、スカーフをビシッと被った彼の奥さんは、男勝りなハッキリとした物言いで、私は始めに彼女が店のお上さんであることに気がついて、それから経営者が誰であるのか悟ったほどです。

話に割り込んで来た奥さんは、「大学を卒業したからと言って、何の苦労もしていない連中に商売のことが解るもんかね。その靴屋の社長さんも職人仕事を身につけただけじゃなくて、経営の仕方も実地で学んだからこそ会社を大きくすることができたんだよ」と持論を展開、亭主の方は“やれやれ”といった感じでニヤニヤしながら奥さんの話を聴いていました。

この夫婦には4歳ぐらいの男の子がいるけれど、もちろんその子には最上の教育を与えたいと願っていることでしょう。

私は、この奥さんが、のほほんとした金持ち連中に対して“今に見ておれ”と闘志を燃やしている様子にちょっとした感慨を催しました。

現在、アナトリアの様々な地方に、ご紹介した靴メーカーのような成功物語や、成功に向けて闘志を燃やす若者たちが溢れているに違いありません。

最近、急速に教育水準が向上したアナトリアには、成功を可能にする潜在力があるはずです。私にはアナトリアの大地からゴーッという地鳴りが聴こえて来るような感じさえします。

元来のブルジョワたちは、ぼやぼやしていたら、この荒々しく若いパワーに圧倒されてしまうでしょう。もちろん、モダンなセンスを身につけた元来のブルジョワの中にも、さらに上を目指している人たちが沢山います。

救国戦線の最中にアタテュルクが発した「前進せよ! 目標は地中海!」という有名な指令があるけれど、今だったら「前進せよ! 目標は大西洋!」という号令が下されるかもしれません。