メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの牧羊犬

91年の夏、イズミルにいた頃、市の中心部から湾を隔てた向こう側に見える禿げ山へ登って見ようと思い立ち、その方角へ向かうバスに乗って終点の村まで行き、村人に頂上へどうやって登れるか尋ねたところ、村人は「山の上まで登るのは難しいが、とにかく山歩きがしたいと言うのであれば、ハイキングに適した湖があるから、かなり距離はあるけれど、そこまで歩いてみると良いでしょう」と言い、道筋を教えてくれながら、最後にこう付け加えました。

「山道で羊の群れを連れた犬を見たら、近づいても遠ざかってもいけません。飼い主が現れるまで、その場でじっと待って下さい。さもないと犬が襲い掛かって来ますから」。

しかし、村の中を教えられたとおりに進んでいくと、いくらも行かないうちに、早くも大きな犬が現れ、行く手を塞ぐような格好で、こちらへ向かって激しく吼え始めました。

『羊は連れていないようだけれど、これはおいそれと近づける雰囲気でもないな』と思って、周囲を見渡すと、村の子供たちが笑いながら「戻れ」というように合図します。

仕方ないから、犬が吼えるのを止めるまで後ずさりし、それから普通に歩いて分岐点まで戻り、並行して同じ方角へ向かうもう一本の道に入ったけれど、結局道に迷い、2時間ぐらい山の中を彷徨ったあげく、方向違いの全く知らない村に出たので、そこからバスに乗って市内へ戻りました。

山は高い木が殆ど見られない禿山で、見晴らしが良かったから、道に迷ってもそれほど不安は感じなかったものの、夏の日差しがまともに照りつけ、村に辿りついた時は、暑さで頭がクラクラの状態でした。

まあ、吼える犬に驚いて散々な目に合ってしまったわけですが、村の犬に近づかなかったのは正解だったかもしれません。

その3年後、94年の夏にカイセリへ行き、バスでエルジエス山の中腹まで登った時のこと。帰りのバスを逃してしまった為、タクシーをつかまえようと、道端に立っていたところ、トルコ原産の大型牧羊犬として有名なカンガルらしき犬が、6~8歳ぐらいの幼い姉弟に連れられて前を通り過ぎて行きます。

犬は棘のある厳しい首輪をつけていたけれど、子供たちの横を歩く姿はとても大人しそうな感じでした。

犬と子供たちが通り過ぎると直ぐにタクシーが来たので、それに乗り込み、運転手さんへ「あの犬はカンガルかな?」と訊いたら、正しくカンガルであるという返事。
「でも、あんな小さな子供が連れて歩いているくらいだから大人しい犬なんだろうね?」
「そんなことはない。あれは飼い主の子供だから大人しくしているだけさ。どんなに恐ろしい犬か見せてやるから、そっちの窓をしっかり閉めてくれ」

そこで窓をしっかり閉めると、運転手さんは、犬と子供たちを追い越す際、車を少し犬の方へ寄せたのですが、犬は突然牙をむき出して車に襲い掛かってきました。

トルコの田舎道で、何度か道端に転がっている大型犬の死骸を見たことがあるけれど、あれは果敢に車へ挑んだものの、敢え無く敗退してしまった勇ましい犬の変わり果てた姿だったのでしょう。