メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスタンブールの正教徒

昨日、イスタンブールでは、ギリシャ正教徒たちによる“キリストの生誕と洗礼”を祝う行事が催されていました。これは、司祭が海へ投げ入れた木製の十字架を、正教徒の男たちが冷たい海に飛び込み、競い合って取りに行くというもので、コンスタンティノポリス総主教庁がある金角湾を初めとする各所で毎年催されます。
私は、今年こそ、この行事を実際に見物してみようと思っていたのですが、今日行なわれるものだと勘違いしていた為、またもや見逃してしまいました。
旧居の大家マリアさんに、昨日の晩、電話で問い合わせたところ、「明日じゃなくて今日だよ。うちでは誰も行かなかったけれどね。テレビのニュースでやるから観ると良いよ」と、それほどこの行事に関心があるわけでもなさそうな口ぶりでした。
マリアさんの家族は、復活祭とかクリスマスのような祝祭でもない限り、日曜日毎に教会へ行くこともないようだから、余り熱心な信者とは言えないのでしょう。
それでも、聖誕祭の晩に伺った際、茶の間で衛星放送によるギリシャのニュース番組を観ていて、コンスタンティノポリス総主教庁のバルソロメオス総主教が画面に映し出されるや、「なんて素晴らしい方なんだろうねえ」と感嘆しながら、その徳を称えていました。
バルソロメオス総主教は、東方正教会における名誉上の最高の地位にあり、先達て、ローマ法王イスタンブールを訪れたのは、カソリック東方正教会の和解をはかるために、このバルソロメオス総主教と会うことがその主たる目的だったはずです。
私はこれまでマリアさん家族のことを“ギリシャ正教徒”と紹介してきたけれど、実際は単に“正教徒”もしくは“東方正教徒”と言った方が良いのかもしれません。以下の“ウイキペディア”の説明などを読むと、どうやら東方正教会の中にそれぞれ“ギリシャ正教会”やら“ロシア正教会”なるものがが存在しているような感じです。

生誕祭の晩、ギリシャのニュース番組で、バルソロメオス総主教が映し出された後に、アテネを本拠地とする“ギリシャ正教会”の主教がその姿を現すと、それまでバルソロメオス総主教を称えながらうっとりとしていたマリアさんは、途端に顔をひきつらせて「これは全く嫌らしい男だよ。徳も無ければ、学識も無い。なんでこんなのが主教になれるのかね」と罵倒し始めました。
そもそも、こういった宗派の問題に限らず、マリアさんは、自分たちがギリシャ共和国ギリシャ人と一緒にされることを非常に嫌がります。トルコでは、ギリシャ共和国に住んでいるギリシャ人を“ユナンル”、マリアさん家族のようにトルコ国籍を持つギリシャ人を“ルーム(ローマ人の意。ローマ帝国の末裔ということです)”と呼んで区別しているけれど、以前、私がうっかり「あなた方はユナンルだから・・」と言ってしまったら、ムッとした様子で声を荒らげ、「ちょっと待ちなさい。私たちはユナンルじゃありませんからね」と訂正を求めるほどでした。
そして、アテネのことが話題になったりすると、マリアさんは、「お前知っているかい? アテネも、オスマン帝国の時代には、遺跡があるだけの小さな田舎町に過ぎなかったんだよ」というように語り、「イスタンブールには美しい都市にあるべき全てのものがある」と言うのです。
また、娘のスザンナさんは、ギリシャ共和国ギリシャ人と結婚して一時期アテネに住んでいたこともあるくらいですが、それでも結局「あの街に慣れることはなかった」と話していました。
一昨年に日本でも公開されたギリシャ映画「タッチ・オブ・スパイス」には、故郷のイスタンブールを追われてギリシャ共和国へ移住した後、なかなか新天地の生活に慣れ親しむことができなかったルームの家族の苦悩が描かれているけれど、マリアさんはこの映画を少なくとも5回は見たそうです。しかし、「タッチ・オブ・スパイス」はギリシャでも、「タイタニック」に次ぐ歴代2位の興行記録を打ち立てたというくらいだから、ギリシャの人々は、既に彼らの苦悩を理解しようとしているのではないでしょうか。それと共に、ギリシャとトルコの間に横たわる悪感情も徐々に和らいで来ているのかもしれません。

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