メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスタンブールのタクシー運転手さん

もう一年ほど前になりますが、工事関係で日本から来ていた職人さんたち二人と、夕方、アジア側のボスタンジュからウスキュダルへ出ようとしてタクシーに乗った時のことです。

タクシーは、両脇に高級なブティックやマンションが立ち並ぶバクダッド通りをウスキュダルへ向かって進んでいました。通りは渋滞というほどではなかったものの、少し混んでいたから、車の速度はそれほど上がりません。

車がエレンキョイの辺りに差し掛かると、30歳ぐらいに見える運転手さんは、助手席に座っていた私へ申しわけ無さそうに「すみません。後ろの席にもう一人乗れるでしょうか?」と訊きます。

「もう一人乗れないこともないけど、どうしたの?」と問い返したところ、「歩道に私の母が立っているので乗せても良いですか?」なんて言い出したのです。

「えっ? 貴方のお母さん?」と驚きながら、運転手さんが示した歩道の方を見て、その人が何処に立っているのか解らないまま、「それなら、私が後ろの席へ移ってあげよう」と答えたら、彼は直ぐに車を歩道の方へ寄せ、クラクションを鳴らしながら合図します。

すると、でっぷり肥えたおばさんが車の中を覗き込んだので、私はドアを開け、車を降りて後ろの席へ回ったのですが、おばさんは私の方をちょっと見てごく当たり前に挨拶しながら、躊躇うこともなく助手席へ乗り込みました。

この展開に驚いたのは日本の職人さんたちです。いきなり乗り込んで来たおばさんに「な、なんなのこのおばさん?」。「運転手さんのお母さんらしいですね」と経緯を説明したところ、「日本じゃ考えられないことだなあ」と絶句していました。

その後の運転手さんとお母さんの会話を聞いてみると、どうやらお母さんはその付近に仕事場があるらしく、これは全くの想像ですが、おそらく家政婦でもしているのでしょう。

それで毎日決まった時間に仕事が終わると通りへ出て、バスなり乗り合いタクシーなりに乗って家へ向かう。息子の方は既に結婚して新居を構えており、実家に寄ることはあまりないけれど、時々こうやってお母さんを送ってあげるようです。

助手席のお母さんが「今日は家に来なさい」と息子に言えば、息子は「お客さんをウスキュダルまで連れて行かなければならないんだよ」
「それならウスキュダルから家に来なさい」
「お母さん、ウスキュダルからまたお客さんが乗って来て、その人はヨーロッパ側へ行くかもしれないし、どうなるか分からないんだよ」

お母さんは「客なんか乗せんで家へ来れば良いじゃないか」となかなか後へ引かなかったけれど、結局、その辺が家の近くだったのか、途中で車を降りて行きました。

私としては、別に大回りされたわけでもないし、時間的なロスもそれほどではなかったから、微笑ましい一場面を見せてもらえて良かったと思ったけれど、職人さんたちはどう感じたでしょう。「日本じゃ考えられないトルコらしいところが見れた」と懐かしい思い出にしてもらえたら幸いです。