メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

クズルック村はかかあ天下?

クズルック村の我が家で、晩になってくつろいでいた時である。近くに住んでいるらしい工場の作業員が訪ねて来て、「うちでお茶を用意してありますからどうぞ」と言う。

この男、近頃働き始めたばかりだが、使えないという評判で、見るからにぼんやりした感じである。

適当にことわると、5分ぐらいしてからまた来て、「すみません、女房がぜひと言うもんで、お願いします」と今度は簡単に帰りそうもない。

しかたなく承諾して外へ出ると、「僕は働き始めたばかりですが、女房は工場でもう4年になります。顔見れば分かると思います」などと訊かれもしないうちから説明しはじめる。
彼の家はほんの二軒先で、スカーフを被り直しながら出てきた奥さんのことは確かに直ぐ分かった。こちらは使えると評判。

家族はあと三歳になる子供がいるだけであるという。トルコのこんな田舎でも既に若いカップルは両親との同居をいやがるのだろう。
お茶をご馳走になってから、亭主に工場へ来る前は何していたのか尋ねると、子供を抱き上げながら「子守り」と答える。

それが、やけに嬉しそうで、別段恥ずかしいと思っているわけでもないらしい。奥さんも笑いながら「この人1年契約だから来年はまた危ないのよね」と屈託がない。

彼はもちろん1年で切られるだろうけれど、これなら心配することもなさそうである。
トルコでは女性も思いのほか社会へ進出していて、街角にある銀行の支店長などが女性であることも多い。
クズルック村の工場では、なにしろ現場作業員の7割近くを女性がしめているので、当然のこと班長さんのような役職にも女性の姿が目立つ。

まずはライン毎にライン長がいて、その上にグループ長が現在7名、このうち4名は女性で4人とも26歳以下。男性のグループ長は一番若くて29歳と、どうやら出世の早さも女性が勝っているようだ。
最近になって、男の連中にも競争意識を持って頑張ってもらおうという趣旨で、男性だけによるラインが新設された。
見回りに来た工場長、スカーフが良く似合っている22歳の美人グループ長をつかまえて、「どう? このラインはうまくいっている? 誰が監督しているの?」と訊く。

彼女は「はい、私が見ていますが、大丈夫ですよ。問題ありません」と、にこやかに答えてから、ラインで働く、多分ほとんどが彼女より年上と思われる野郎どもに向かって、「みんな頑張っているわよねえ」と声を張り上げたけれど、野郎どもは、数名きまり悪そうに顔をあげただけで、工場長は、「うーん、なんか元気ないなあ」と納得が行かない様子だった。
他の女性グループ長のうち2名は既婚者で、どちらも職場結婚。彼女たちの旦那、ひとりはこの前やっとライン長に昇格したのだが、工場長から、
「ライン長は終業時に日報をグループ長に提出することになっているけれど、分かっているだろうね?」と訊かれると、
「ちゃんと提出しています。さもないと、グループ長からこれです」と自分の頭にゲンコツを振り下ろすジェスチャー
「もしも、提出が遅くなってグループ長が先に帰ってしまったら、どうするんだ?」と重ねて工場長が問質せば、
「あの、すみません。グループ長は私の妻なんですが」
「・・・・・・」
もうひとりは未だに平。平とグループ長では給与にも相当な差がある。日本的な感覚だと、「この夫婦、大丈夫か?」と心配になるところも、この辺では問題なさそうな雰囲気である。どうも、社会の中で競争するという感覚が未だ希薄なので、旦那の方も「女房に遅れをとった。これは大変だ」という程には感じていないのかも知れない。