メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

田舎カラス

2001年の年が明けて、まだ間もない日のことだ。朝早くから用事があり、久しぶりに暁闇の中を工場へ向かった。

田舎道を歩きながら、白々としてきた東の山の端を見ていると、散り散りに黒いものが、空高くだんだん広がりながら頭上に迫って来る。もちろん、カラスだということは直ぐ分かったのだが、その数の多さに少なからず驚かされた。 

このカラスたち、どういう分けかあの大地震の後、目に見えて増え始めたのだそうだ。死肉に群がって来たのが居ついたなどと不吉なことを言う人もいる。

しかしまだ本当のところは解かっていない。工場でも、周りに植えてある芝を大分やられてしまったのだが、簡単な案山子を立ててみただけで、以来近づかなくなった。

生身の人間さえ屁とも思っていないような図々しい東京のカラスに比べれば、トルコの田舎カラスは余ほど純朴なのだろう。もっとも、群れるカラスに向かって実弾をぶっぱなしている人もいるから、ただ警戒心が強くなっているだけなのかも知れない。

さてカラスはともかくとして、この辺りの人が純朴なことは疑いもないところだ。

その晩、工場で働く独身のおっさん、と言っても未だ29歳。しかし私にはどう見たっておっさんである。このおっさんにつかまって、さんざん愚痴をこぼされたのだが、これがまた実に他愛ないというかとぼけている。

この日、工場で新しい配属先の責任者であるライン長の女性に挨拶をしたら、そのラインにいた、これまた独身のおやじが、「よそのラインに来て慣れ慣れしくライン長に話しかけるんじゃない」と噛みついて来たそうなのである。

「いや俺はね、新しく配属になったから上司であるライン長に挨拶するのは当然だと思うんだよ。それで、彼女の下では前にも働いたことがあって知らない仲じゃないから、ちょっと話が長くなったのさ。そしたら、あの馬鹿がいきなり突っ掛ってきたんだ。おかしいなと思って、後で聞いてみたら、奴はずっと彼女にホの字だっていうんだよな」

それから長々と、その馬鹿にどうやって忠告したのかを真っ赤になって説明していた。

しかし、このおっさんも彼女のことを話す時になると、「彼女きれいだろ」とか「あの娘きれいだから」といちいち付け加えるのである。ちなみにその娘はどう見ても十人並み。これでは、何とか言って、こっちもホの字に違いないと、如何に鈍い私でも分かってしまう。

さあ、この恋の鍔迫り合い、これからどうなることやらと気になるところだが、まあ、この辺では大したことにもならない。

まず、いよいよ本気になれば、親を通して交渉、うまく話がまとまれば、さっさと婚約して、晴れてお付き合いと。大概こうなっているようである。

それまで二人でいるところを見たこともないカップルがいきなり婚約して翌日からアツアツで語り合っているなんていうのは、ごく当たり前のことだ。

案山子に慄くカラスと同じで、生身の女に近づこうなんていうのは、なかなかいないのだろう。