メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国

「ソウルの晩はパラダイス!」

《2013年5月7日付け記事の再録》 2013年4月の韓国行きは、3月になってから決め、慌ただしく準備した。亡くなった在韓華僑の友人の下の弟とは、10年前にソウルで会ったきりだったが、ソウルの家の電話番号が変わっていなかったので、なんとか連…

「日本と韓国を繋ぐ橋」

《2016年1月31日付け記事の再録》 大阪に住んでいた“1996~8年”、韓国居留民団の某支部事務所へ度々立ち寄っては、役員のHさんから色んな話を伺った。この支部事務所を最初に訪れたのは、どういう経緯だったのか、ちょっと覚えていない。何か問…

赤坂のヤクザの親分

《2010年7月31日付け記事を修正して再録》 1999年、イズミル在住の韓国人の友人チェさんと日本へ行った時の話である。 当時、在トルコ5年で、1960年生まれの私より3歳ほど年長だったチェさんは、中古の日本製現像機を韓国から取り寄せてト…

「親日VS反日」

《2013年5月8日の記事を一部書き改め省略して再録》 相変わらず日本のメディアは、「反日」にギャーと叫び、「親日」にヒャーと喜ぶ。そして、「親日国トルコ」で盛り上がろうとする。 もちろん、トルコにも親日的な人はたくさんいるけれど、政府が特…

「トルコの魅力は親日なのか?」

《2008年9月4日付け記事を修正して再録》 トルコは良く親日国と言われているものの、トルコのマスコミで日本が話題になることは滅多にない。全般的に日本への関心は極めて低いように思える。 トルコの人々に、アンケートで“好きな国”を問うた場合は、…

四海の内は皆兄弟(死生命あり、富貴天に在り)

《2014年1月4日付け記事の再録》 経済と気持ちの面で余裕のない生活を続けてきた所為か、正月に年賀状を出すのは、もう随分前に止めてしまった。それでも、一昨年(2012年)ぐらいまでは、メールで新年の挨拶などを少し送ったりしていたが、それも…

「ムルレア・ムルレア(糸車よ、糸車よ)」

《2017年2月19日付け記事の再録》 韓国への語学留学を準備していた86年頃だったと思う。東京の池袋で、韓国映画の会が催され、産経新聞の黒田論説委員の講演と共に、「ムルレア・ムルレア(糸車よ、糸車よ)」という作品が上映された。早めに出かけ…

日本の嫌韓・韓国の反日

最近、韓国や中国を嫌う人たちと話して気がついたけれど、彼らは実際に韓国人や中国人と交流して反感を持つようになったわけじゃない。 「日韓の歴史の話とかごちゃごちゃうるさいんだよ」と言っても、それを直接韓国の人から聞いたこともないだろう。おそら…

儒教文明の社会?/「正直者の直躬」

大坂にいた1997年頃、島之内の韓国街にあるビデオ屋さんで借りて来て観た韓国の連続ドラマだったと思う。 金持ちの家で住み込みの運転手として働く男の娘が、その美貌と才能で立身を遂げて行くというストーリーではなかったかと記憶している。 初回の場…

報道の事実性(1988年:ソウル)

《2014年10月16日付け記事の再録》 ソウルの延世大学語学堂に通っていた88年、多分、オリンピックが始まる1ヵ月ぐらい前じゃないかと思う。同じ教室の日本人受講生の方から、「新聞の取材に協力して下さい」と持ちかけられた。承諾して詳しく話を…

東方礼儀之国(1988年:ソウル)

《2009年12月24日付け記事を修正して再録》 87年~88年にかけて滞在したソウルの下宿は、延世大学に近いこともあり、下宿生は殆ど同大の学生だったが、一人、韓国有数の商船会社に勤める独身サラリーマンの方もいた。1960年生まれの私より4…

狭間で生きる/ウイグル・日本・韓国

1991年の9月頃、トルコのイズミルでウイグル人の青年と知り合った。彼は中国の新疆省に生まれ、高校生ぐらいの時にトルコへ移住してきたのではないかと思う。 「ウイグル人として、日本人である貴方に感謝したい」と礼を述べたので、「何故?」と訊き返…

イズミルの地震/ユルマズ元首相の訃報

イズミルの地震は、今朝、トルコ人の友人がフェイスブックに投稿したメッセージで知らされた。 イズミルは、1991年に初めてトルコを訪れて1年暮らした思い出深い街である。私のトルコにおける故郷と言っても良い。とは言うものの、1999年に半年ほど…

韓国語やトルコ語の言葉の成り立ち

上記のトルコの印刷工場で、韓国製の輪転機が施工される過程では、トルコ人の韓国語通訳も工場に来ていた。手配が遅れたうえ、韓国企業の社長さんが日本語を話せたため、僅かな期間だけ働かされて直ぐにお役御免となってしまったが、アンカラ大学の韓国語学…

K-POP:YUKIKA유키카/Sarah Chang(장영주)

昨日、ネットで以下の記事を読んで驚いた。韓国の芸能界で活躍する若い日本人女性へのインタビュー記事である。 韓国のニュースは結構気にしているし、福岡ではK-POPファンの集まる店などにも出かけていたのに、この女性の活躍については何も知らなかった。 …

日韓カラオケ:「本当はどういう歌なのか?」

コロナ騒ぎの所為で、「職場の先輩たちとカラオケへ」などという局面もめっきり減ってしまったのではないかと思う。 還暦の私も、警備員の職場では、新入りの若造に過ぎないので、カラオケに行けば、一回り年上の先輩たちから、「こら、何か歌え!」といじら…

「韓国とトルコ~国家の正統性」

《2013年7月13日付け記事の再録》 2013年7月、ボズジャ島でキムさんと長話した。20年来の友人だけれど、かつて、あれほど様々な話を聞いたことはなかったように思う。もっと韓国語が解っていた時に聞いておけば良かった。話は、韓国の政治や歴史に至…

各国のコロナ対策:スウェーデン・トルコ・日本・韓国

コロナに対して、ロックダウンといった大掛かりな対策を取らないまま、集団免疫という状態に至ったとされるスウェーデンは、既にほぼ通常の生活にもどっているそうだ。人々はマスクなどせずに友人たちと集い、短い夏の終わりを楽しんだという。実に羨ましい…

徴用工像とハングリー精神

《2017年3月12日付け記事の再録》 湾岸戦争の頃、日本の雑誌で、ある文化人が、ホンダの創業者・本田宗一郎の無鉄砲さについて述べた記事を読んだ。今、はっきり思い出せないが、「本田氏の手は、自ら誤って打ち下ろしたハンマーの打撃で、歪に変形していた…

リーダーの条件?

安倍首相が辞任を表明して、後継者争いが取り沙汰される中、「(人脈のために)飲み食いの多い政治家は人気がある」なんて話がSNSで話題になっている。これに私は、朴正熙大統領の逸話をまた思い出してしまった。 1997~8年頃、「朝鮮日報」に連載され…

続・韓国はハイテクに強いが、ローテクはそれほどでもない?/現場主義のトルコ人社長

上記で話題にした輪転機は、全長10m以上になる巨大なもので、その価格も桁が違う。テスト運転でまともに作動しなかった時は、トルコ側が真っ青になっていた。製造を請け負ったのは、韓国で設立されて間もない小規模な企業だったので、結局、直しきれずに…

韓国はハイテクに強いが、ローテクはそれほどでもない?

韓国は半導体などハイテクの分野で目覚ましい飛躍を遂げたが、ローテクの方はそうでもなかったと言われている。 私にはそういった技術関連の問題が皆目解らないけれど、12年前に見聞した出来事は、それと少し関わりがあるような気もするので、ここに記して…

「韓国・財閥総帥の素顔」

1~2ヶ月ほど前、YouTubeで以下の動画を観た。1986年の3月にNHKで放送された「韓国・財閥総帥の素顔」というドキュメンタリー番組であり、私はリアルタイムでこの番組を観ていた。当時は、韓国への語学留学も考え始めていた頃だから、それこそ食い…

トルコ・日本・韓国・それぞれの歴史にまつわる悩み

《2016年10月10日付け記事の再録》 トルコの人たちから、「貴方は、“ブディスト”ですか、“シントイスト”ですか?」と良く訊かれる。以前は、これに「両方です」などと簡単に答えていたけれど、そのうち、『果たして、この問いは、日本語にどう訳したら良いの…

2015年8月のソウル

《2015年8月26日付け記事の再録》 ソウルでは、2年前と同じ大元旅館に宿泊するつもりでいたけれど、インチョン空港でソウル駅行きの電車に乗ってから、果たしてこの先、地下鉄の何号線に何処で乗り換えて、何処で下りるのか、何も覚えていないことに気が付…

韓国料理:「サムギョプサルは戦争なのよ!」

子供の頃、母が購読していたNHKの「今日の料理」が届けられると、私もその殆どのページに目を通していた。中学生ぐらいになると、掲載されている簡単な料理を自分で作ってみたりすることもあったが、大概はレシピを参考にするためじゃなくて、料理に興味があ…

ハングル事始め:「我々の子供たちは我々の民族学校へ」

1985年、私は上記の産廃屋で働いていた時に韓国語の勉強を始めた。 この会社へ来る前にも、韓国・朝鮮に対しては多少の興味を持っていたけれど、それは中国やシルクロードへの憧れに付随したものに過ぎなかったような気もする。 韓国・朝鮮を初めて身近…

日本の「朝鮮高校」と韓国の「大和高校?」

1983~5年、私が上記の川越にある産廃屋で働いていた当時、川越から所沢にかけての地域には、同様の産廃や廃品回収の業者が多かったけれど、経営者の殆どは在日韓国・朝鮮人か、さもなければ被差別部落系の人たちだったのではないかと思う。 しかし、社…

サウナの会話:「俺みたいな韓国人?」

先週、姫路の銭湯に付設されているサウナで汗を流しながら、周囲に座っている人たちの会話に耳を傾けていた。 最初、隣に座った40歳ぐらいの刺青男が、私の方へ向き直って、「ワイン1本2万6千円は高いね」と笑ったので、『えっ?』と思ったら、どうやら…

華僑友人の自死

2002年に米国で亡くなった華僑の友人には、1983年頃、高校同期の友人が引き合わせてくれた。当時、私たちは23歳、華僑の友人は3つほど年長だったと思う。しかし、私にとって友人付き合いと言えるようなものは、韓国への語学留学から帰国した19…